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【kiss】キス。キッス。接吻。口付け。相手の唇・手などに自分の唇をつけること。愛情・尊敬のしるし。








「ぎゃああああぁぁぁー!!」



主人公は頭を振り乱し、両手で掻きむしり、右往左往しては、村外れの焼家の前に色気の無い悲鳴を発散していた
イリアの言葉が何度も頭を駆け巡るので、それを掻き消す為に固く目を閉じながら叫ぶ
落ち着かない体は勝手に歩き回り
気が付けば辺りを囲む木の一本に正面からぶつかり、そのまま倒れた


ひんやりした地面を背や腕に感じる
大の字で転がった主人公の目を満天の星空が癒し、ほんの少しだけ気分が静まっていく




「きす…マジかよ…きす…そんな、」



主人公は固い土の上にも構わず寝返りを打ち、手足を縮めて丸まった
次いで出てくるのは溜め息
一体自分はどうすればいいのか、と考えると彼女の頭の中は混乱するばかり
怒りを込み上げればいいのか、ひたすら知らぬ態度を通せばいいのか

黙り静まった主人公は、夜の肌寒さを感じながらも眠気を引き受けて
二、三度重い瞬きを繰り返す




「やめた、面倒くさい、考えない」



主人公は緩く、また寝返りをしてピシャリと夜空に言い放った
深刻な問題の付きまとう旅の最中に、何が悲しくて色恋沙汰で頭を悩ませなくてはならないのか、と切り替えると、簡単に鼻から嘲り笑いが出た



「落ち着け私、…男なんて意味もなく女に触りたがるも…――


「主人公!!」

「ぎゃぁぁぁぁああ!!」




飛び起きる主人公の大声に、呼び掛けた勇者の影は驚き耳を塞いで目を見開いた
主人公はドクドク煩くする胸に手を置いて、その一瞬でかなりの距離を飛び退いた
両者訳が分からない困惑を向き合わせて数秒の間を空ける




「何だ、その反応は…」


「ナンデモ、ナイッス、ヨ」


「カタコトになっているぞ貴様」


「煩いな!何よ、こんな時間に出歩いて何してんの」


「……貴様の不審な行動を見たから追ってきたんだ」



主人公はそれを聞き、自身の行動を思い返して顔を引きつらせた
確かに夜中の村を無意味に叫んで走れば不審者でしかない、そして公害だ
そう反省している最中、勇者の影が正面から歩み寄ってくるのが見えて主人公は慌て
ジリジリと距離を保ちながら退く




「何故逃げる、主人公」


「いや、だって、どーして追ってくんの!」


「今倒れていただろう、何かあったのか?」


「べ、別に何も!」



焼け焦げた、リンクの家の跡を、グルグルと回りながら二人は鬼事のように駆け足をする
やっていて馬鹿らしいとはどちらも思うのだが、途中で諦めては、事がうやむやにされるか、雰囲気に流されてしまうか、どちらかの恐れることが目に見えて止まらない

主人公の息が早く、弾むのが聞こえた勇者の影は
一度大きくフェイントを入れて流れを止める
主人公は素直に反応が遅れて逆回りに逃げようとするところを、肩と手首をがっちり捕まえられてしまった



「ずるっ、は、離して!」


「主人公、」



「離して、…っ、触らないでよ!!」



ビクッ、と勇者の影の震えが一度あり、主人公は解放される
また出来た距離から見た彼は、あまりにも弱々しく顔を歪めていた
今にも泣き出しそうなほどに





「俺が、嫌いか…?」



「……っ、」



「触られたくも、ない…か?」




紅い目が揺れる、視界がぼやける
どちらもそうであったようだ

主人公はこれほどに言葉を探すのに苦労したことはかつて無いと思った
喉の痛みは走ったせいだ、と結論付けるだけで、その他の頭は真っ白になる

涙の滲む目で見る男は、何故かこの青暗い闇の中に浮き出て見える
微かに黒が緑に、色付いて映り、主人公の胸は一際大きく跳ねた


(また…)


痺れを切らした勇者の影が一歩踏み出すと、それは崩れ

我に帰った主人公は三度駆け出した
森の中へ隠されてしまう彼女の背を見届け
今度ばかりは勇者の影に追い掛けるだけの勇気が足りなく、歯痒さが拳を作るのみ









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