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「疲れたぁー!!」



夕方、小屋に戻るなり、ベッドに飛び込むのが主人公の日課となりつつある
まだまだ働き盛りと豪語する村の男たちはあっという間に家を修繕したり、簡単な小屋を建ててしまったり、と村の復興は目覚ましい

とにかく山羊くさい寝床から解放された主人公は、隙あらばこうしてベッドに滑り込む



「ふふ、お疲れ主人公」


「あ、イリア…」



村人全員分の洗濯物を取り込んで、村の女たちも戻ってきた
イリアは主人公の隣の寝台に、日の香りを吸った衣服やタオルを置き、腰を据えて畳んでいく

だれたままの主人公はぼんやり、俯せで、固い枕に頭を載せながらそれを見ていて



「クレさんも勇者の影さんも、もうすっかり怪我が治ったわよ」


「ありがとーね…しかしあいつら、完治まで意外と掛かったわ」


「そんな、四日で治るなんて普通じゃないわ」



イリアがクスクスと笑う、主人公もつられて笑う
更に枕元のカンテラの灯も、誘われるように揺れる

どうも波長が合うのか、年若い娘という共通点の為か
二人の会話に微笑みは絶えなかった

主人公はこんな穏やかな、村での一時を十分に享受した
明日にはまた旅立たなければならないだろう、と算段する一方で
それを惜しいとも思うのだ

主人公の表情が少し曇るのを、イリアも察して声が音を低くしていく




「もしかして、明日にはもう…?」


「うん、…まあ」


「そっか…寂しいわ、主人公や、勇者の影さんに会えなくなるのは」



主人公は一度耳を疑い、頭を上げた
何故そこで勇者の影の名が出てくるのか解せずに、聞き返した
勇者の影の性格上、怪我の世話をされたからと言って、イリアに気を許すようなことは無い、と主人公は把握していた為に
イリアが主人公のみならず勇者の影との別れを惜しむとは信じがたいこと

イリアはたたみ終えた洗濯物を重ね、篭に戻して脇に寄せた
動作をしながら、表情は少々困惑を見せていて、どう説明して良いものかと悩んでいるようだった




「勇者の影さんを見ていると、何だか安心する、っていうか」


「勇者の影を……?」


「ええ…懐かしくて、暖かい気持ちを思い出すの」



主人公は眉をしかめた
イリアも恐らく、かつて勇者の影に記憶を取られた一人
リンクの存在を失った心が、勇者の影を目に納めることで擬似的な安堵を生んでいるのだ

勇者の影自身、こんな作用を知って狙っていたのかは定かではないが
彼の能力は勇者を消し去るよりも寧ろ、そこに代わりとして自分の存在を植えるようで
そのえげつなさに主人公は険しく顔を強張らせた

しかしイリアはそれを別のことと勘違いしたのか
仄かに頬を染めて、体の前でブンブンと両手を振り乱し始めた




「あ、別に勇者の影さんが好きとかじゃ、ないのよ?」


「へ?あー、うん…?」


「本当よ?あなたが居るのに、横取りみたいなことしないわ!」


「うん…?待ってイリア、何か、勘違いしてるでしょ」



話の雲行きが怪しく思えて、主人公は目を細めながら体を起き上がらせた
問い詰められた心地のイリアは両手を頬に置いて照れを抑えようとしている




「主人公と勇者の影さんは、その、…好き合ってるんでしょう?」



「……………………んんンっ!?」



「隠さなくてもいいわ、私見ちゃったのよ…」




主人公は耳を塞ぎたくなった
何か聞いてはいけないことがすぐそこに、イリアの形のいい唇から、今にも、溢れようとしているのが、直感できたのだ
主人公は声を上げてそれを遮りたかった
耳を塞ぎたかった
しかし一瞬で口の中は渇き、体も硬直してしまうのだ







「あの、雨の中で…二人がキスしているのを」






「…ぇ、…え…………






カアァァ、っと音が出て、湯気が出そうな程
主人公の顔が見る見る真っ赤に茹で上がっていくのを、イリアはしかと眺めていた



「え、え、え、!?はあっ、ちょ、待っ」


「ねぇ、二人はいつからの付き合いなの?」


「や、待って、私、知らなっ…」



主人公の尋常ではない慌て方に、イリアは自分の気恥ずかしさを忘れて勢い付く
質問攻めが多く続く、年頃なら当然の展開も、主人公は免疫が無く目を回しそうな程狼狽し、とうとう小屋を飛び出し逃げに徹した

とっぷりと闇夜に包まれた村を慌ただしく、妙な悲鳴を上げて走る主人公を
別の、男達の寝泊まりする小屋の外、剣の素振りに勤しんでいた勇者の影が小首を傾げて見送り
数秒遅れて追い掛けた








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