丸焼けになったリンクの家の前に、立ち止まり、主人公はモイに振り返る
「どうしたんだ、主人公」
牧場の方から下ってきた主人公に、険しい表情で呼び止められ、連れてこられたモイは
訳も分からず彼女に揃って立ち止まり、今この村外れにいるのだ
「……折り入って、お願いが、ある、…あります」
「…?」
様子が違って改まっている主人公を見下ろして、モイも腕組みを止めた
しどろもどろに口を動かしながらも、彼女の紅い目は突き刺すかのように、モイの顔に固定している
彼も思わず、コクリと喉を鳴らして緊張した
だがその後の、余りにも拍子抜けで、可愛らしい申し出に、モイは声を上げて笑うことになる
「食え」
「要りません」
「…黙って、食え」
「要りません」
山羊臭い畜舎にて寝泊まりして数日がたった昼間
村人が大集合している共同生活の、ひとつ屋根の下にも関わらず険悪な雰囲気を撒き散らす二人は奥のスペースにいた
村の者が、重傷者の勇者の影とクレの為に誂えた簡易ベッドの中
上半身を起き上がらせたクレに対し勇者の影が薬草入りの粥を掬い、そのスプーンを運んでやっている
何とも気色の悪い光景があった
クレは勇者の影と視線を合わせずに、顔を背け、頑なにその施しを拒む
勇者の影もそろそろぶちギレそうであった
何が悲しくてこんな状況が出来上がったかと顛末をあげればこうだ
主人公により絶対安静令を出されたクレは渋々ながら大人しく身体を横たえるようにはなった
だが村人達からの一切の施しを拒むので、イリアもお手上げとなり、勇者の影に白羽の矢が立つ
ムジュラは特に外傷は無かったために、善人よろしく村の復興に手を貸しに朝から出ていき
主人公も何やら慌ただしげでここ数日満足に顔を会わせない、一応夕方には戻り寝食を満足にしているから問題はないが
片腕に酷い怪我をしているだけの勇者の影は、詰まる所、暇そうに見えたのだ
無論、彼も全力で拒否したのだが、何故か主人公とイリアの厳しい目が姉妹か何かのように揃って勇者の影を威圧したので
泣く泣くこのように落ち着いた
だがしかし、この青髪の、勇者の影曰くの根暗男、頑固に食事を拒絶して早二日だ
無論、この昼食だけでなく朝晩も、水すら口に入れない
それどころか、睡眠も取っていないようにも思われた
外見から光の人間との違いがあるクレは、そんなことも相まって、畜舎に留まる者達からの奇異の目を少なからず集めている
そんな村人の視線にも、勇者の影は苛立っていて、とにかくクレに一口でも食べて貰わなければと躍起になる
掴みかかって口に捩じ込むか、と思いたった勇者の影だがふと何かに気付いた
「貴様何を震えているんだ」
「……っ、震えてなど、いませんが」
腹を押さえるようにして置かれたクレの手は、自身の黒衣を握り締め確かに、定まらず小さく震えていた
問われると、黄色の目はかなり泳ぎきって動揺を示すのだ
それは何かに脅える人間の反応だと勇者の影は知っていた
「貴様は、完璧に取り繕うのが好きらしいが」
「……」
「貴様が欠陥だらけなのはもう割れているぞ」
俯く青髪がビクリと跳ねた
勇者の影はそれを横目に、すっかり冷めてしまったスプーンの上の粥を自分で食べた
ツンと青臭い香りが広がり、眉間にしわが寄る
「強がられても扱いに困る、迷惑だ」
「…強がりとは、…勇者の影には言われたくない言葉ですね」
「ぐ、ィっ―!!」
クレが勇者の影の肩を軽く殴る
それが、食事の器を持つ、包帯に巻かれた左腕の根本で
勇者の影は意に反し走った激痛に身悶えて食器を落としてしまった
白い顔に平然を浮かべていた彼だが、実際のところやはり、強がっていたらしい
「き、さ ま、!」
「勇者の影は光が怖くはないのですか」
「……は?」
「自分は今、…此処に、光に囲まれていることが恐ろしく思います」
「…光、だと?」
突然饒舌に切り替わったクレに、怒りの矛先はポッキリ折られ勇者の影はあっけらかんとする
広い屋根の下、小さい窓が事務的に並ぶだけの畜舎の中はお世辞にも、光っているとか明るいとかの形容は出来ない
だがそれも影の民であるクレからしたら光が充満しているらしい
「……考え過ぎだろう」
「…そう、でしょうか」
「別に触れても害は無い、…貴様、散々主人公に触れていただろうが」
言われてクレは目を見張り
自身の手を広げて見下ろした
指摘されてもまだ信じられないようで、か細く声が漏れていた
「確かに、仰る通り…」
そのポカンとした様がどうも、普段見られないあどけなさがあり、勇者の影は可笑しさが込み上げた
勇者の影は立ち上がり、もう一杯の粥を貰いに向かう
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