AM | ナノ





焼け焦げて真っ黒になった村の跡には最早、村の男たちが戻っている
何か残っているものは無いのだろうか、と酷い臭いの漂う家の残骸を漁りながら肩を落とし、かと思えばそれらを運び片付けていく


村を見下ろす位置の丘に、腰を据えながら勇者の影は
その男達の立ち直りの早さに感心するでもなく、ぼんやりと夜明け空を見上げていた

今の彼の頭を占めるのは、専ら、主人公の唇の感触やら、肩の小ささやら、当たっていた胸の弾力やらであった
とにかく主人公のことばかり

(……主人公、柔らかかった、な)

瞼を下ろせば如実に思い出される熱がまた触れ合うようで、胸が高鳴り、抜け出せない

どんな制裁が下るのかとも頭の片隅で思っていたのだが意外にも彼女の方に抵抗はなかった
実際にそれはただただ主人公が張っていた気を抜かして眠ってしまっただけのことだったのだが
勇者の影の春色の頭はそんなことを考えもしない








「はい、できたよ勇者の影さん」



すぐ隣から声がして、勇者の影の邪な想起は終わる

現実の朝の肌寒さを気付かされ勇者の影は些か不機嫌になる




「……下手だな貴様」



勇者の影は自身の利き腕がグルグルに巻き付けられた包帯で肥大したのを見下ろして
悪気もなくその仕上がりの感想を呟く
施したコリンは目に見えて項垂れ、申し訳なさそうに笑った

その表情が妙に勇者の影の気にかかって、彼はコリンの頭を小突く
そうすれば何故か、少年はみるみる嬉しそうに笑った



「何だ」


「えと、…勇者の影さんにそうされると、何だか、懐かしい感じかして」


勇者の影はその言葉にはっ、として手を引っ込めた
記憶の匂いが微かに香った

コリンは確かに感じているのだ
リンクの存在を忘れても、彼と共に過ごした時の感情はコリンのものでしかない
だからやはりリンクという者を消しきれない、彼が多くの人間に大きく影響を及ぼせばそれはより困難で、事実そうなのだ




「はぁ…」


「勇者の影さん?どうしたの?」


「いや、…自己を確立するのは、難しいと、知っただけだ」


「……?」


「居場所を作る、こと、か?…とにかく、俺には無理だったらしい」



言ってから勇者の影は馬鹿らしく思えて鼻を鳴らし、自嘲した
何故こんな話を、しかも理解もできないような子供に話しているのか、と気付いた
そしてこんな言葉を並べる自身も、らしくないと、笑えた

しかしコリンは首の傾げを改め、海色の瞳を大きくして勇者の影を見上げた




「勇者の影さんの居場所、あるように見えたよ」


「…何?」


「仲間に見えたけど、違うの?…それに、トアルの皆も、もう勇者の影さん達のこと気に入ってるし、居場所、だよ?」



上手く言葉を紡ぎ出せず、とうとうコリンは俯き手遊びを始める


勇者の影は開いた口が塞がらない
勇者の影として生まれ落ちた彼は、最初から、聞かされていたのだ
勇者が生きている限り、彼に価値は無いと
永らく生き延びて、知ったのだ
勇者の居場所を奪うことでしか、存在できないと

勇者の影は開いた口が塞がらない






居場所は主人公だ



そう唐突に彼は思い付く
嬉しかった
胸が熱く、擽ったかった


そして再び頭は主人公の事ばかりで埋め尽くされる


















「何でココ捨てなイノ?」


「何ィ!?」


「ナンで他の場所にイジューしないノサ!?」


「口より手を動かせ手をー!!」



金槌の音に掻き消されながら、半ば自棄に声を張って問い続けたムジュラのそれはあっさり叩かれる

火の回りが遅く、損傷も小さかった家の修繕に駆り出されたムジュラは、屋根の骨木にしゃがみ唇を尖らせながら釘を打ち付ける

タロとマロの父親ジャガーはムジュラが大人しくなるのを満足気に見ると、また黙々と、激しく、反対側の屋根の修理に金槌を振るう音を立てた


解消されず悶々とするムジュラの疑問を、木材を運びに来たモイが答えた



「ここが好きだからさ」


「スキ?」


「こんなに恵まれた美しい土地は無い、それを知っているのに、今更移住はしたくないんだ」


「そうそう、つまり、俺達はこのラトアーヌの地が好きなんだ」


切り出した大きな角材を運び、モイに倣ってそれを地に置いたファドも混ざり、調子よく結論付ける

そこで再びジャガーが怒鳴る、口より手を、と
慌ててファドは駆け戻り、モイはやれやれと、若くもない身体に鞭を打ち、ファドを追った




「トチが好キ…」



首を傾げながら手を動かしたムジュラは思いきり自身の指を金槌で打った
悲鳴を上げ、転げ落ちそうになりながら、何とかバランスを保ち、しかし痛みに悶えて目に涙を浮かべる

ふと、そんな時に人が近付く気配がし、見れば向こうにいるはずのジャガーが木骨を渡りこちらに来ていた
潰れたような、年期の入った顔のその男は背が低く
しゃがむムジュラとそう目線が違わない

何かと思ったが、木材が足りなくなったのだろうかと思い付き、ムジュラは傍らに積まれたそれらに手を伸ばす
しかしそうではないと言うように、ジャガーの嗄れた声が遮った



「……お前達はどうしてこの村を救ってくれたんだあ?」


「ふェ?」


「誤魔化すなよ、皆知ってんだぞ?まったく子供ってのは正直だからな」



ムジュラは痛む指を舐めながら聞く
どうやらボンバーズ諸君が村の者達に触れ回ったらしい
村を襲う大怪獣とそれに立ち向かう四人の勇姿を、子供の心の中だけに留めるには興奮が大きかったようだ



「…別に、スクエなかった、し」


「だが、そうしようとしたんだよなあ?」


「……忘れラレたヤツが…かエルる場所まで無くシタラ、悲しいノ、ボク知ってるんだ」



忘れられた者達の魂を取り込んだムジュラはいささか、他者の心理を想像することから、それを自分の立場に置き換える術を身につけ始めた
だが、急に揺らぐ気持ちや沸き立つ衝動には、今までに覚えが少なく、戸惑いも伴う

言いながらムジュラは俯いていくので、声もくぐもる
その言い分もよく分からなかったもので、ジャガーは、はあ?と、大きめの声で聞き返した
ムジュラはもう説明が面倒になって金槌を持ち直し始めた



「どうデモイイよ!ボクの気分でタスケテやったの!」


「…ははは!そうかよ、ならオレ達もな、…お前達が助けた土地をこれからも守る、そんだけだ」


「クチより手を動かせバぁー?」


「おおっと、言う通りだ!」



ジャガーは木材をムジュラから受け取り戻っていく
ムジュラはそれから黙って、釘を打った


痛みを感じる手が痺れる
手の震えで新しい釘の位置が、定まらず、ムジュラはそれを見て一人汗を滲ませる
こんな家、自分の魔力でどうとでも直せばいい、そんな考えを敢えて、避けながら、ムジュラは慣れない筋肉を使う

ジリジリと寄せる焦りと不安に溜め息が零れ
作業の手を止めて遠くの景色でも目に入れようとすれば
よく見知る女の後ろ姿と、木の調達に向かった筈のモイが
肩を並べて村の外れへの道を登っているのが見えた




「…主人公?」








[*前] | [次#]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -