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「寄越せ…貴様の、トライフォース、っ」




主人公はひきつる喉の痛みを思い出して咳き込む
血の味がしたようだった

近寄る男の足音、その一歩は魔獣とはまた違った威圧で地を揺らす

主人公は立ち上がり、しかし足をもつれさせながら、気絶中の背後の男の元から離れる
ガノンドロフの狙いは自分だと、もはや主人公には承知だった

だが歩幅の大きい魔王の威圧が迫り来れば、否応にも気が焦り、沈めていた恐怖も甦る
足が足を引っ掛けて、勝手に主人公は転んだ
牧場の短い芝草を潰して伏すところに、とうとう男の足音が止まる

主人公は消え入るような声を振り絞って声で牽制する



「あんた…、トライフォースとか、聖地とか…どーするつもり」



すぐ後ろに立ち尽くす男、ガノンドロフ
不死身かとも見えたが、収まる土煙から開けた足元には力がない
魔獣に変化していた時の片足に、ダメージを蓄積している為か左に傾いている



「全ての神を殺し、この馬鹿げた輪廻を、俺が終わらせるのだ」


「輪廻、…?」


「この魂が、魔王として久遠を生きる…腐った仕組みを、俺は消さねばならん」


言葉の合間に挟む息継ぎが煩く、雨の騒音も重なり主人公の耳には殆ど受け入れられない

霞む聴覚にビチャリ、と一歩近づく足の音がした
逃げなければ、生きなければ、と考えが主人公の頭を叩く
だが上から落ちる水と、張り付き重くなる衣服と、手足に絡む泥が彼女の身体を地に縛る






「――ガノンドロフ…!!」


雨雲を晴らすようではなかった、重々しく地を這うような叫び声寧ろ嵐を引き寄せる響き

抜き身のままの、光帯びる長剣を、右手に、収めた勇者の影
その後ろにトボトボと着くムジュラが
トアル牧場の、へし折れた柵を越えてそこに立っていた


「勇者の影、ムジュラ…」


二人の味方の加勢を目にし、へにゃりと弱い笑みを浮かべそうになった主人公だったが
勇者の影の持つマスターソードを見付けるなり血の気が引いていた
何故それを勇者の影が持って平気なのか、などという疑問はとうに問題ではない、ムジュラもクレもそれを持ち得たのだから
何よりその剣は魔王の弱みであり、また魔王の力で生まれ落ちた勇者の影の弱点でもあるのだ
それを扱うなら、勇者の影が無事でいられる保証など無い



「フン、…貴様なぞに、その剣が扱えるのか」


「勇者が居ないんだ、どうせ、宿命から逃げて肩書きを、投げ出したんだろう…」


「ほう…勇者も無責任な愚者か?」


「…昔から奴は無責任だった…ならば俺が、『勇者』を、奪うまで」



先制はガノンドロフだった
腕を勇者の影の方へ伸ばし魔弾を四、五発も同時に放つ
爆発が連続で地面に沸き、再び視界が遮られる



「勇者の影!」


「主人公こっチ!」


「う、あ!?」



泥が跳ね、地に溜まった水が霧状に暴発する中、間近から急に現れたムジュラが主人公を抱き上げて牧場の反対側まで姿を転移した

粗末に地に下ろされた主人公は文句を言おうとするがしかし、思いの外苦し気に浅く呼吸するムジュラの顔に声を引っ込めた



「ムジュラ…!?」


「主人公、ゴメンネボク、…モウ」


「何、死にそうな顔、して…ムジュラ!」


「ボク、モウ、ムジュラ…ジャ、…レ…ナ……ミタ、ィ」



倒れる主人公の上に、力尽き倒れ込むムジュラの身体を
主人公はついいつもの調子で身を起こして避けた
ベチャン、と顔から泥と草の上に落ちる様に焦りを覚えて肩を揺らせば
普段のからかい声が少し漏れ聞こえ、安堵を誘う






その頃、牧場の中央ではとっくに斬り合いが始まっていた
ガノンドロフは腰に提げていた剣を、彼らの前で初めて抜き取る
嘗てこの男を貫いた光の賢者達の剣で、勇者の影のマスターソードに対抗した



「勇者の影…貴様はこの俺に剣を向けて良いのか?」


キリキリ、と音を立て擦れ合う刃が組み合い、二人の男は視線をぶつける、そんな最中に、ガノンドロフはいやらしく揺さぶりをかけた
光の剣と退魔の剣、双方を警戒しなければならないこの戦いに、勇者の影は余裕もなくまんまと会話に乗せられる




「逆に聞くが、っ何故悪い」


「貴様は古に、魔王の俺に作り出された、存在だろう」


「最早関係無い、貴様とあの魔王は違う!」



「同じだ!魔王の憎悪は消えず我が魂に刻まれているのだ!!」


短い掛け声が魔王から上がり、互角に押し合っていた剣が弾き返され間合いが出来た


「故に貴様のことは知っている、否、覚えているぞ……勇者を殺す使命を、貴様も忘れていないらしいな」


「っ!」


「勇者が、人が、神が憎いか?ならば俺と共に来い」


ガノンドロフは剣の切っ先を下ろし、反対側の手を伸ばす
勇者の影の目はそれを凝視し、細められた








「確かに俺は勇者が憎い…」




勇者の影も剣の構えが緩められる
魔王はニヤリと、口隅を上げていた
差し出した手を大きく開く







「だがそれ以上に貴様が憎い、この存在を産み出した魔王が!!!」



勇者の影は再びマスターソードを構え直して間合いを詰めにかかった


どれ程の永き時を一人、孤独も知れない程の虚しい身を引き摺り、今までをさ迷っていたのか
もはや勇者の影自身の記憶にも掠れている

望まない生を受けたことを彼は憎む
敗れるなり使い捨てられるだけの命を彼は憎む
理由のない憎悪と使命を植え付けた男を彼は憎む

故に勇者の影は今一度、ガノンドロフに牙を剥く

ガノンドロフはそれも予測していたと言うように、真っ赤な目を細めて剣を振り上げる
会話の最中、下ろしていた剣の先に、集めていた光の弾を
振るう刃から放ち、向かってくる勇者の影に一直線に当てに行った

勇者の影がそれを認識し脳が体に命じる前に腕は動いていた
マスターソードの意志か、勇者の記憶が染みた体故か
白銀の剣は光弾を弾き返し魔王の喉元へ飛んで戻る

それを透かさず切っ先で追った







「ぐぬぁ ぁ あ あ あ ――!!」




黒衣を身に纏う青年の、降り下ろす退魔の剣は
魔王の鎧を貫き、心臓を突き抜ける

断末魔の叫びと血飛沫は、傷口から染み広がる光に溶け込む
勇者の影は発光するガノンドロフの身体の、増す輝きに消されそうになりながらも目を瞑らなかった
肌を撫でるような暑さがチリチリと体の外側を蝕む
感覚の無い左腕も剣の柄にのせて弱くも力を足す
これで消えても納得できた、自身は影だと勇者の影は知っていたから
道連れにでもなればいい、元は帰すべき場所は同じ常闇、忌むべき存在が二つ失われるに過ぎない、そう彼は知っていた









「勇者の影――!!!」





彼を呼ぶ声が聞こえた
主人公の、遠くからの声が

光に巻き込まれそうであった勇者の影の意識を繋ぐ


魔王の体もろとも質量を小さくしていき地に着くマスターソードの切っ先へと集束した光は滴として刀身に染み入り、事は結した

魔王の姿は跡形もなく去った














「死ぬかと、思っ、た…」


倒れるムジュラと、座り込む主人公の元へ足を向けていけば半ばでそんな声がし
彼女は放心したように、目を虚ろにしていた


「死ぬわけないだろう、貴様は……」


言い切れはしない話だが
三人がかりで主人公は守られているのだ
現に身を呈してクレもあのムジュラも、勿論勇者の影も、彼女を護るために動いた
死なせるわけがない、と勇者の影は疲労を感じながら、鼻で笑い飛ばした
雨足は弱まる兆しもなく皆の髪をペタリと萎ませ
主人公にいつもの威勢も見れなくなる






「勇者の影が、死ぬかと、…っ」




「…主人公、?」




主人公はフラリと立ち上がると、倒れ込むような勢いで勇者の影の元へ駆け出す
勇者の影はギョッとしながらも剣を持っていない左腕で、飛び込む彼女の身体を支え包んだ



「ばっ、かじゃないの!!何、して…あんた、影なのに!」


「ばっ、貴様、助けられておいて…―」




「生まれた、こと、憎むとか、っ馬鹿!馬鹿よ、、勇者の影のバカ!!」




首を絞める程の力で黒衣の胸元を引き掴み、肩に頭突きするように顔を擦り寄せる女の声は、雨の中、響かずに沈むのに
勇者の影の長耳は聞いていた

しとどに濡れた服から覗く肩が震えていた

小さく冷えきったそれがあまりにも弱々しく際立って
勇者の影の目は映した


望まない生を受けたことを彼は憎む
敗れるなり使い捨てられるだけの命を彼は憎む
理由のない憎悪と使命を植え付けた男を彼は憎む

だが今を生きていたいと強く思う、思っている




魔獣に噛み砕かれ、熱と痺れしか分からない左腕でだけではもどかしく
勇者の影は右手の剣を投げ出し主人公の肩を掴んだ

引き剥がし体の前に大きくない距離を作ると漸く主人公の顔が見える
涙か雨か判別しがたく濡れた表情は情けなく目を窄めているもので
勇者の影はどうしても、体の震えを止ませたかった
もはやどちらのそれとも知れない、寒さを




勇者の影は衝動のまま主人公の唇に自分のそれを押し付けた


雨音を遠くに追いやり二人は、目に入る景色も瞼で遮った







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