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「うぎゃぁっ!!」


脱力に足が崩れていた主人公のいる足場に、また復活を遂げたガノンが突進し
高台となっていたそこは砕かれた岩石の山となり
散る石礫に巻き込まれながら地に足を着け主人公だけが立ち上がる

頼れる筈だった仲間たちは彼女の弓の腕のほどを知り、脱力するように瓦礫の中で意識を手放したらしい
満身創痍の体はもはや主人公に突っ込みを入れる声を上げることも、まして彼女を助けに駆けつけることも不可能だった



「こ、これ、やばっ…」



昼間はよもや無敵なのではないかとも思えた味方が倒れ自分一人が立ち上がるようなことになろうとは
せめてもの希望を繋ぐため、主人公は一本足りとも無駄に光の矢を落とさないように身構える
すると向き直った魔獣と目があった、ような気がした


「え!!!逃げた!!!?」

ガノンは真っ赤に染まる両眼に光の矢の存在を捉えると猛々しく吼え、遠ざかるように向きを変え走り始めたのだ
ここは諸手を挙げて喜ぶべきなのか、しまったと焦りを感じて追い討つべきなのか主人公は一瞬判断に困る
無論、出来ることなら魔獣を野放しにするわけにはいかない







「あなた、掴まって!」


「う、ぇ!?」



いつの間にか軽快な蹄の音がすぐ側まで近づいていた
見ればそれはそれは立派な雌馬が一頭、こちらに猛スピードで突っ込んでくるではないか


「ええぇ!!」


逃げ腰で叫ぶ主人公を馬は華麗に掠めるようにかわし、上から細い手が伸びて主人公の体を引き上げた
訳も分からないままに、馬の尻近くにしがみつく形になった彼女に、馬を操る女が大丈夫かと声を掛けた


「え、と…あんたは」


「イリアよ!」


「イリア、ね…私は主人公!」


「主人公、貴方の矢は、あの魔物に効くの!?」



あまり慣れないながら、少し強引気に手綱を操るイリアが声高に問う
主人公は何とかイリアの背後に座り、揺れる景色に酔いながら生唾を呑む

前も見えていないようにでたらめに、燃える家屋の残骸や大木にぶつかりながら村を暴走する魔獣に、徐々に距離を詰めていく馬に、エポナに、振り落とされぬように乗馬に慣れていない二人は必死だった



「効く、けど、…私には出来なくて」


「ええ、見てたわ、大丈夫よ主人公」



ガノンの爪が抉り飛ばす石のつぶてを、頼まれるでもなくエポナは避ける
魔獣の大きく荒々しい歩調が起こす地響きもものともせずに、確実に彼女達は、ガノンの後ろ足付近に寄った
イリアが何のつもりでガノンをエポナに追いかけさせたのか、大まかに察して主人公は汗をかく
弓を使えないのならやはり普段通り、矢を直接ぶっ刺す他無い




「主人公!」


「も、何てゆーか…ホント、無茶させるわ!!」



主人公は恐怖と緊張で汗をかく手でイリアの肩に掴まりそれを支えにする
ブーツの裏を、申し訳なく思いながらエポナの広い腰に付け立ち上がる
走る景色は後ろに流れていく
一歩踏み外しただけで自分もその景色の一部として飲まれるかと思うと簡単に足はすくんだ




「う、ぉりゃっー――!!」


巨大な後ろ足の付け根に飛び掛かり、無作為にその太い毛を掴んだ
嫌がるガノンは唸り、暴れ方を酷くし始める

主人公は無我夢中で、ただ落ちたくない一心で剥がれることを拒みしがみつき
肌に刺さる針のように硬いガノンの毛をむしる勢いで引っ張り背に登り詰めた



「やったわ主人公…ッキャア!!」


「い、イリア!?」


主人公の登頂に喜ぶのも束の間
近づきすぎたエポナが魔獣の足に巻き込まれかけバランスを崩しイリアの悲鳴が上がる
落馬しそうになる彼女を気遣いエポナは速度を落としガノンから遠ざかっていった



多く犠牲があり繋がれて主人公に託される
そんな光景をいつかも目の当たりにしたようだと彼女の深くに潜る記憶が訴え胸を張り裂く

紅の目に涙を浮かべながら主人公はがむしゃらに、うねるガノンの背を渡り行く

心臓の真上を探すと目印かのように勇者の影の黒剣が突き刺さっているのが見え光る矢の束を、その矢の向きもろくに揃えずに掴み
主人公なけなしの力を込めて降り下ろした




「ガァァブォァアアアーーー!!!!!」



「うぅーっさぁぁーい!!」





深々と突き刺さった浄化の光に苦しみ
魔獣は背を仰け反らせ、かと思えば踞り
最後には牧場への道を登り、隔てる門に足を挫き派手に転がった



「―――主人公!!」


あまりに予測できない魔獣の動きに、距離を置きエポナを止まらせていたイリアが叫ぶ


土煙が上がるそこに、やがて弱い雨足で降り注ぐものがあり
事態の収束を促すように村が静まり始める







「う、…っつー…」





「お怪我、は…」




「っ、クレ…あんたに気遣われると、何も言えないわ」


吹き飛ばされた体は何処からかいつの間にか駆けつけるたクレに庇われ、言うほどの傷はない
主人公の体を抱え、背から木幹に叩きつけられた男の、塞がらない腹の傷を間近に感じながらでは
何より彼女も弱音を吐く隙は無い



「…失礼、…まし…た」




お決まりのような意味の無い謝罪も途切れさせ、今度こそクレの意識は手離された



「お疲れ…」


強く降り始めた雨の中
主人公は半笑いで、皆に向けて労いをかける



幾粒もの水に土煙が消される


そこに未だ立ち上がる男が一人












「貴様らに、この俺は、殺せん」








雨にも打ち消されぬ炎の色を湛えた赤髪と、血走る目色の、その男

魔王は死なない








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