もう何度目かも分からないほど、猛攻を仕掛ける三人を
主人公は原型を留めていない、村長の家の瓦礫の陰に隠れながら見ている
もう何度血の気が引く思いを味わったか、主人公は数える気にもなれない、元より数える気など無いのだが
こうしている間にも、また、勇者の影の骨折は増えるし、クレの出血は増すし、ムジュラの壊れた悲鳴が上がる
その度に思うのだ、そんな馬鹿みたいに強い魔物の相手など止めて、もう何処へでも逃げようと、性根が惰性と利己性の塊だった主人公は震える唇を噛み締めそう思ったのだ
だが知っている、これを野放しにしておけないと
そんな善良な心が何処に隠れていたのか主人公は自分で自分が信じられない
だがそれはごく最近生まれたもの、黄昏の姫君から貰ったものなのだと主人公は未だ気付かない
もはや村の原形を留めない炎の沼と化した地にいて、魔獣を相手にしながらクレは思うのだ、自分もまだまだ弱いと
表情に出さないさがらも、額から垂れ滴る血を意識すれば、血が足りないに考えが及び足がよろめく
しつこく羽虫程の攻撃にもなっていたのかいないのかも分からない攻撃を与え続けた結果
無闇やたらな暴走を改めて、ガノンはその魔獣の体を最大限に活かし三人を喰らいにかかる体勢を取るようになった
クレは身を少し屈め、足の裏に自身の魔力を込め、次の瞬間に、睨み合っていた魔獣の喉元に音もなく、普段と違わぬ俊足で滑り込む
だが血の臭いに敏感なガノンの鼻はクレの飛び込む軌道上に鋭い爪を突き立てた
「っ、」
短刀でその、人の腕ほどある爪を受け止め、いなし
柔らかい喉元にもう一刀を突き刺すも、それは鋼のような牙が噛み千切らん勢いで食い止め阻んだ
「ナイス足止メだ!」
その隙を伺いムジュラが飛び付いてくると、燃えた何処かの家の木片をガノンの首に投げつけ、それを火種に魔力で増幅させて魔獣のたっぷり蓄えられた体毛に引火させる
「加減を、お願いしたいところですが」
「文句イウな!」
危うく自身にも燃え移るところだったクレがムジュラの元に飛び退き言う
「オオォォォ ォ ォ ォ――!!!」
「ウゲ!!」
「グ!!」
あっという間に火だるまになったガノンだが、背を仰け反らせ全身を震わし咆哮を上げると
ビリビリと発せられる空気の波動が炎を吹き飛ばし
それの大音響と痺れる振動に怯んだ二人を、荒れ牛の如き突進で払い飛ばした
「モ、ウゴキタク、ナイ」
水車小屋の残骸に埋もれたかぼちゃ畑に叩きつけられてムジュラが言う
すぐ側の、小川に投げ込まれたクレも黙りながらほぼ同意したい気分だった
魔力の衰えも無ければ底を尽きた感も無いながら、肉体的に限界を感じるのだ
そんな気持ちを知ってか知らずか、先程牧場の方へ飛ばされていた勇者の影が戻り尚も魔獣に挑む
「貴様ら、休むな!!」
ムジュラとクレに叱責しながら、強く地面を蹴る片足の反動で高く飛び上がり、折れた黒剣でもってガノンの堅い毛に覆われた背にジャンプ斬りを食らわす
暴れて上手く攻撃を受け付けない背に未だ留まり、勇者の影は今度は間近から深々とそれを突き刺そうと魔獣の首の裏へと、毛の海を渡っていく
だがガノンの朱の鬣に残る、炎の燃え移った箇所から別の魔の気配を感じ、身構える
チリチリと不気味に、疎らに燃え残るそこからなんとファイアーキースが放たれたので、勇者の影は牙と熱を向け突っ込んでくるそれらの群れに襲われ怯む
無造作に砕かれたままの、しかしそれでも肉を裂くくらいの鋭さを残した剣の断面を、咄嗟に下に突き刺したまま
キースに邪魔をされ、散漫な集中力でいつしかガノンの背から振り落とされた
「ぐあっ、…痛…っ!」
右肩から地に落ち、何処かも分からない骨が軋み、目の前に星が散るのが見えて勇者の影はぐったりと地に転がった
二、三匹、彼を追い掛けたファイアキースが側の、家に炎を移し、パチパチと乾いた木が焼けていく音を聞きながら
寝そべる状態の勇者の影が見上げたそこには、あっという間に燃え広がる赤に包まれていくリンクの家があった
どうやら振り落とされて村の外れのそこに飛ばされていたらしい
火を目に映す彼が涙を滲ませていたのは誰も知らない
渇く目を潤すのに必要以上に溢れただけのことか、それとも勇者の影が、もしくは彼の中の誰かが、悲しんだだけのことか、それは分からなかった
折れた黒剣を背に突き刺したまま、それに悶え苦しみ地を踏み鳴らし突っ走ったガノンが向かったのは主人公の隠れる瓦礫の山だった
「ブモオオォァァアアーーー!」
「あ、ブ ナい!!」
「…っわ、ぁ、ムジュラ!!」
魔法ですぐさま現れ主人公を突き飛ばしたムジュラはガノンの猛進にひかれるも、彼はただでは転びたがらない
間際に魔獣の足元の地面に魔弾を飛ばし、そこを爆ぜさせてから巨体と共に吹き飛ぶ
彼女を守りたかった一心が意図せずに莫大な魔力を使わせたのか、吹き飛び地に伏す魔獣は起き上がることもなく踞った
「ムジュラ!!」
「あは、ヒひ…イってェナ…」
飛ばされた主人公も肘や腕を擦りむくのだが
ゴム毬のように飛ばされ地面を跳ねた男を心配することが身を起こす
だが壊れた声で弱音を吐きながらも、ムジュラが手をヒラヒラさせて主人公に促すからそんなことにも構ってはいられなかった
再び転びそうになりながら立ち上がり駆け出す
見晴らしのいい高台を求め走り、絡む蔦の梯子を手繰り登って、主人公はそこに立った
丁度地に伏すガノンと彼女の間には何の障害もない、これ以上無い好機が転がったのだ、今しかない
だが主人公の手足は意に反し固まる
「主人公…ハヤく!!」
ムジュラが叫び、主人公はハッとするも、青ざめた顔は強張り狼狽えるばかり
未だ空に放たれた漂う、炎を纏うキース達が、透かさず隙だらけの主人公に向け急降下を始める
身を縮めることもできずに狼狽える彼女の元に音もなく現れたクレが、それらを撃ち落とし、側の高台に着地するも、よろけて手膝を着く様には余裕がない
「クレ…、!」
「主人公さま…、猶予は、ありません」
「っ、…」
取り出した矢を一本
投げ付けて意味を為すわけがない
どうするべきかは分かっていた
震える手が弓と矢を合わせる
片手を引き寄せ、しなる弓は身と一体となり矢の先は敵を睨む
構えは何も違うことなくそうであるように
光は眩しく主人公の体をも包む
だがそれでも放たれない
「で、できな…」
「…主人公、射て!!」
人間さながらの不自由な身体を、遠くの地に横たえていた勇者の影もまた
情けない格好のまま、それでも声を張り上げて主人公に命ずる
「私には出来ないの!!」
勇者の影の怒声にも、主人公は首をぶんぶん振り乱す
つがえた光の矢を支える手は震えて
力の限り引き伸ばされた弦から矢は今にも放たれんとする
何か矢を射ることにトラウマがあると見られるもそんなことは言っていられない
主人公が何かと葛藤しているなど一目で知れた
だが彼らは信じた、その手を離れた一閃が終わらせてくれると
だから、あと一歩の、彼女の踏ん切りに勇者の影は荒々しく背を押す
「主人公!!!!」
「っ!!」
勇者の影の声に、主人公は目を見開いた
指から矢の端がすり抜かれる
放たれた光は
へ にゃ ん
「は…?」
ひょろひょろと無駄な軌道を描いて地に、刺さるでもなく落ちた
主人公は矢を追うように足を崩してへたり込んだ
「主人公…、…おい」
勇者の影の底から沸き震えるような声が
パチパチと木々を焼く火音の中に滑稽に響いた
「わ、私、…弓、使えないの」
致命的な問題はここにきて明かされる
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