むんずと掴んだ長髪の、持ち主の額に、何も構わず当然の如く、勇者の影は頭突きを食らわした
「馬 鹿 か、貴様は!!!」
「ギニャんっ!!」
馬鹿による馬鹿呼ばわりも言い返せず
ムジュラはぐわんぐわんに揺れる頭と回る目を制御出来ず、仰向けに倒れる
丁度頭は村の小川に浸り一気に意識を冴えさせる
勇者の影は利き腕の痛みで頭の痛みどころではなかった
もはやただの閑静な集落とはかけ離れ、火の海となりつつあるトアル村の只中に彼らは居合わせる
その熱の発生源は、勇者の影が頭突きしたこの男
「炎を乱射して火事になるのは当たり前だ!!」
「知ってルよ!ウワァァアン!!馬鹿勇者の影ー!!」
「泣くな!自給自足だ!」
「自業自得です、勇者の影」
「…じごう、じとく、だ」
遠くで間違いを指摘する声にぐむむ、と怒声を詰まらせながら勇者の影が言う
結局魔獣の村への侵入を許してしまったムジュラは次々に潰されていくトアル村の家屋を目にして取り乱し
無駄だと言うのにガノンに火炎球を当てようと自棄を起こし
結果不要な火災を産み出してしまったのだが
ムジュラが後からその事に後悔し泣き出すという始末に追えない状況になっていた
しかしガノンは、魔力による炎でなく、純粋に木や畑に燃え移り盛る炎を嫌がる様子を見せ
ファドの家の大樹に頭をぶつけたり、リンクの家に突進したりと錯乱状態での暴走を続け
低地として森に囲まれた村から出られずにいた
「グモオオォォァアア!!!」
どうにもいい働きが期待できない二名を置いて、クレは一人、再びガノンの後ろ足の付け根に短刀を突き刺す試みをしていた
村の唯一の雑貨屋に悶える体を突進させ半壊状態にして魔獣は小川の下流の方へと進む
「ダメージの回復速度が、徐々に落ちているようです…」
クレは雑貨屋の崩壊に巻き込まれぬよう、近くの高台に着地し、また村の奥の堅い岸壁に頭をぶつける魔獣を見て呟く
脳が揺さぶられた人の様に、ぶつけた頭を壁に押し付けたままよろけ崩れる獣の姿を見れば
どうやら与える痛みも無意味では無いようだと分かる
「うっ、わ!何これ!!」
牧場の坂道から、息を切らしてやってきた主人公の驚愕の声に
全員が反応して駆け寄る
真っ先にたどり着き有無を言わさず抱き着くのはムジュラ
「主人公ー!!!」
「うぉっ、ムジュラ!!この村、てゆーかあんた何泣いてんの!!?汚っ!」
「ボクワルくないンだよ主人公!!全部アノ二人がヤレってボクに言ったんだ!」
「黙ってろムジュラ、ついでに離れろ」
ムジュラに半ばのしかかられるように抱き締められ、肩に埋められた顔から涙やら鼻水やらが染みるのを苦々しい表情で受け止めながら主人公は呆れた目で勇者の影に視線を送る
勇者の影はムジュラの衣の背を掴みつつ、こいつが悪いのだと彼女に訴えた
「そんなことより、村の人は!?」
「村が襲われる前に村人は皆避難していたようです」
クレも加わり状況を説明しながら、勇者の影と二人がかりでムジュラを引き剥がす
解放され肩を撫で下ろす主人公を三人が見て、そして同時に背に覗く矢の光に気付く
「主人公様、それは…」
「光の矢、か…漸くツキが回ってきた」
「ん?え?矢?なに?」
斜めに腰に据えられた矢筒の口を見せるように、主人公が腰を捻れば勇者の影もクレも少し汗を浮かべて半歩引く
そんな二人の手から逃れてムジュラが声を上げた
「アノブタには光の矢じゃナイとダメなんでしょ!!あとマスたーそード!」
「え゙、…マジ?」
「ウンまじ」
「ブモオオォぉぉぉぉぉぉぉん!!!!」
主人公の少し裏返る声を無視し、遠くの方で魔獣が脳震盪から立ち直りを示すように雄叫びが上がった
ビリビリと空気の震えが伝わり四人は顔つきを変える
「私が?射つの?あ、アレに?」
「他に誰がいる、その矢を扱えるのは貴様だけだ」
「ボクラがアレをイイ場所まで誘導シテ…、主人公がシトメル感じィ?」
「それがよろしいかと…」
なんともすんなり纏まって話を進め決定していく三人に
主人公は圧倒され口を挟むことも忘れる
そうこうしている間にもガノンは再び暴れ始め、三人は、作戦というにも単純な策を実行するためバラけていく
後にも引けない重大な役目を任されて主人公は逃げ出したくなる足をジリジリと引き摺り、彼らを追った
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