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巨体の進行に邪魔となるもの全てをなぎ倒しながら
魔獣は村の方向に直進していく


荒々しいその走りに、巻き込まれないよう少し離れた森の中を駆けて様子を見る三者は
何処を決戦の地とするのかを決めあぐねている




「このままでは、トアル村に向かってしまいます」


「知ったことか…奴が村に向かっているならこっちには好都合だ」



距離と方角からガノンの到達地点の可能性を一つに絞り込めたところでクレが言う
だが勇者の影が無関心に切り捨てた

森での戦い方を心得ているならまだしも
そうでないならば木々は邪魔なだけとなる
それよりだったら村の、少しは開けた地形は戦闘に好都合だと勇者の影は考えたのだ




「ダメだヨ」



それを否定したのは何故かムジュラだった
一人、走るのではなくスイーっと地面のいくらか上を滑っていた速度を速め二人を追い越すと
後ろを振り返りムジュラは難しい顔を浮かべた




「あの村は殺しチャだめダヨ」



勇者の影もクレも目を見張る





「アレは、りんくヲ忘れてなかった、あの村はアイツのカゾクなんだ、死なせナイ」



「な、」



何を言っているのか、自分で解っているのか、と勇者の影が声にするのも難しいほどだった
実際その男の言い分の八割も理解できるものはなかったが
何しろ言ったのだ
あのムジュラが

誰かを、死なせないと


勇者の影が言葉を失っている束の間
その間にムジュラは何か決心したように顔を渋くすぼめ姿を眩ます



「く、正気か!?」


勇者の影は苦々しく舌打ちしながら、魔獣の暴走のコースに人為的な爆発音が響くのを聞きそちらを睨む
早速ムジュラが何か足止めを仕掛けたのだろう


不規則な森の道と勝手気儘に足を伸ばす木の根を鬱陶しく思いつつ
隣に視線を向ければ両手に短刀を構え、刃先に魔力を込め電光を散らしている、如何にも戦闘体勢を取るクレがいた



「貴様…もか」


「姫が一時でも守り愛した地がそこにあるなら、自分に理由は要りません」


「……」




ザッ、と地を蹴り音が二、三聞こえ、クレも進行方向をガノンの足音の方へと変えて行く


勇者の影は無言を続け、やがて立ち止まる
長い時間走っていたためか、喉が引きつるような痛みを訴え始める
それすらも苛立ちの対象となり、自身の爪が喉元に突き立てられる

煩わしさの種だった首輪はもう無いのに勇者の影の息苦しさはその時の比では無かった



「っ、クソが」



黙っていれば夜の森は彼を隠し、ともすればただの人形と違わなくなってしまう

足の痛みなど構う暇も惜しみ、勇者の影もまた、彼らの後を追い駆け出した





























いつもの平穏な一日ではなかった
それが、イリアが夜更けにもまだ目を覚ましている原因だった
否、いつもの平穏と言える日々を、ここ最近、彼女は感じられずにいた
それはいつの日を境にしてか、ぽっかりと心から抜け落ちたものが、イリアを責め立て痛みを送るから


それでも今日の珍妙な客達は眠りを妨げるほど彼女の胸に鈍痛を残していた



二階の、彼女の部屋の窓に長年馴染むカーテンの隙間から、ずっと暗い景色を眺めている彼女には
一番に森の異変が伝わった

物心ついた時から、飽きるほど、しかし飽きもせずに見てきた景色なのだから尚のこと

強風が吹いただけではありえない、木々の揺らぎ方

窓ガラスがカタカタとざわめき
イリアの耳元に警報を囁く
鳥が逃げ夜空に飛び立つのが見える


何かが、向かってくる
巨大な、狂暴な、凶悪な、何かが




「大変だわ…!!!」



イリアは寝衣に何を羽織ることも忘れ階下へ下る
父親を叩き起こしに行かなければ、まずそのことで頭を占める
そうでなければ現実逃避に数分使ってしまいそうだったのだ






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