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「ゴッド、だ、大丈夫…?」


ズビシと腕から指まで真っ直ぐに伸ばし、シャープの顔の辺りを指す女の背を見上げ
サリアは唖然とし口元を抑える

下ろした手が腰に置かれ、ふっふっふ、と声がお面の端から漏れ聞こえた
ただの味気ないお面を被っただけで何が変わったのかは分からないが
やけに強気に態度を変えてきた彼女にシャープも少からず怯んだ



「視界悪くなったから怖くない!!」


「そ、そう…なの?」


「ンーふー?それで?何が変わるかね」


「あんたとまともに話ができるわよ」



どうやら主人公の言葉に嘘は無いようで
一、二歩、大きくシャープの浮かぶ方へと近づいて
尚も胸を張って見せた





「最初にガノンドロフの封印を解いたの、あんたね」



質問ではなく確認だった
いつかの黄昏時、勇者の剣によって討たれ、王女の力により封印がなされた魔王は長らく、平原の片隅に眠る筈だった

しかしそれは、平和を願い、その地に打ち立てられた石碑の崩壊により終わりを告げられた
奇しくも、主人公とゼルダがそれを知ったのは封印が解かれて少くない時が過ぎた後のこと

知る由もなかった犯人の姿を、主人公は今お面越しのぼんやりした視界で見ていた



「石碑壊すだけじゃ、人間生き返らないけど、あんたの作った妙な歌で魔王を生きた状態に戻したんじゃないの?」


「その通り…一つ訂正するなら妙な歌ではないぞお嬢さん、『時の歌』だ」


「そんで、各地で私達に魔物をけしかけたのも、あんたじゃない?」



シャープの白光の目が一段と細められるのが、主人公にもうっすらと分かった

怪鳥やボコブリンの群れがそうだったのかは定かではないが
この時代にはいるはずの無い魔物達は、何かの目的があり、動かされている風であった



「そう、…我々は、産み落とされた魂は、死後に於いて尚、消えることは赦されない…陰りに落とされさ迷うのみ」


「それが『記憶』って呼ばれてるんでしょ」


「消える道はただ一つ、光に浄化されることなのだよ」



主人公は自分の眉がピクリと動いてしまうのが分かった
消えることを望む彼らを、影の世界で救えたと思っていた矢先
サリアにこうして再び見えてしまったことは、それが果たされていないことを示しているに他ならない

主人公は自分の背の後ろで
小さく息を呑む少女の気配を感じる




「だがある時神々は私にこう言った、『神が還る時、この地は役目を終え光に還る』と」



「は…はぁ?何それ、聞いてない!!」



「私はこう考えた、ならば神が死ねば、世界の終焉は早まるだろうと」



シャープはじわじわと盛り上がる楽曲を操るように言葉を謡う

この亡霊が神々と接触を持ったことにも驚きだが
まるでシャープをけしかけているような神々の意思を垣間見たからだ

そして続くこの亡霊の考えの転換がぶっ飛んで馬鹿馬鹿しいので主人公は言葉を失う



「ただ貴女の命を狙い、世界を荒らし、貴女が旅を急いでくれれば良し、命を奪う事ができれば尚良し…どのみち貴女が去った地を神は見限るのだから」



「そんな…そんなこと」



主人公は呆然とする
お面の下に隠された顔も予想されるほど声音は弱々しかった

シャープはほくそ笑み、タクトの先を主人公に、そしてサリアに向ける


「っ、あ…、!!!」


体の自由を奪われた少女は隙も与えられずにオカリナから音が生まれる
それは誰にも微笑みを分け心を暖める少女の歌とはかけ離れた曲調


「な、…に…っ!これ!!」


主人公は目眩を覚え崩れ落ちる
鼓膜を引っ掻くような、雑音に、自身の声も無いものにされる
鼓動がシャープの意のままに操られているように気持ち悪いリズムを刻む
威厳漂わすの亡霊の声だけは何故か頭に、目の奥に、反響しこべりつくのだ



「我が生涯最高の傑作、死の旋律は神さえも聴き入り酔いしれると、実証された」


「い、…ぅ…あ…っ!!」


踞る主人公の顔から、呆気なく面が剥がれる
目の前には苔の敷き詰められた地
呼吸の仕方を忘れた口は大きく開かれたまま、唾液が滴り落ちる
瞬きの出来ない視界は端から赤く染まっていった


何処から与えられるか解らない苦痛に、何も考えられなかった

ただ主人公の脳裏に、一人の男の姿が過る

普段の思考や記憶に埋もれていた想いが、段々と明確になるように
より鮮明に見えていく







 金 糸の 髪の

   隙間から

  覗 く

     空色の眼












(だれ…、き み …)











陽気に吹き鳴らされるラッパの音が
鋭く死の旋律を裂き割り込んだ





「ぬ…!?なんと下品な音色か!!!」






「キキキキ!音は楽しいに限るゾ!!」





クルクルと体を回転し、何処からともなく小鬼が降ってくる
ラッパは主人公の耳に煩く刺さり、苛立たせはすれど命を削るほどではない

ラッパを口にくわえたまま、スタルキッドが踊ると
その楽しさに誘われるように不気味な人形が多数
犇めき互いを押し合って木々の間から姿を表した



「な、に…こ…つら」


「オイラの、トモダチだ」


息を一気に取り込み荒い呼吸で、途切れながら問う主人公に
スタルキッドは簡単に答える

カタカタコロコロ、と関節を鳴らし人形達はシャープの演奏を掻き消す
それが音楽家の亡霊の勘に障った



「ぐ、ぐぐ…我が芸術の品位を損ねる傀儡どもが!!」



タクトを振り乱し空気を風を唸らせるも
人形は聴覚を持たずただ笑い続けていた




「オイラのトモダチは、世界で一番の力持ちだゾ」



混み合っていただけの人形は小鬼のラッパに従い、体を重ね、連なり、組み合い、巨大な人間の腕の形を作り出す

振り上げられた巨大な手は森の海面から突き抜けて黒雲を晴らす

口をあんぐり開けてそれを見上げたのは主人公もシャープも、サリアも同じだった






「ヌアアぁぁアああぁァァァーん!!!!」



高尚な音楽家には相応しくない、卑しさを究める悲鳴を上げ
容赦無く振り下ろされた巨人の腕に比べ、矮小過ぎた霊体は呆気なく押し潰された




「恐っ!あんた恐っ!!」


「キキキ、オイラ森番だから、な」


「でも、多分これでも消えられないよ…」



衝撃に耐えかね腕の形から崩れた傀儡人形は、ガクガクピクピク、と体を微弱に震わせ限界を迎えた様子だった

シャープの姿は、未だ原型を止めているとしたら彼らの山に埋もれているところだろうが
サリアが不安気に眉を寄せる


「確かに、もともと、幽霊だし…ケホっ」

「うん、光に浄化されないと消えないとも言ってたよね」


「キキ、キキ?」


「でもまー、…暫くは引っ込んでるでしょ、スタルキッド、あんた、光の精霊に頼んで何とかしときなさい」


「キキキ、いいゾ、暇だから」



スタルキッドはお馴染みの動きで体を捻り姿を消して早速精霊の元へ向かう
一段落を予感し、主人公は長く息を吐き出して肩の力を抜いた
ダメージは残るものの頭を振り、頬を叩いて気合いを入れた
それだけで誤魔化せるものではないにしても

しかし次の瞬間には表情を引き締め、キッと南に向け視線を走らせた



「ゴッド、行くの?」


「ん、夜の森騒がせてごめんね」



少し疲れを見せる足取りで、主人公は聖域を後にする


図らずも、夢を邪魔してしまった数々の命に安らぎを
知られずに世界の命運を導く彼女達に幸運を

少女は静かに祈り、静かなる調べを贈る








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