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魔獣の立てる騒音を片隅に聞きながらも、微かに草を踏み分け走る音が主人公の耳に入った


嫌な予感がし、足を止めて木々の向こうの暗闇に視線を走らせる
充満する霧が音をそこかしこに反響させるようで
何者かの足音は何処から何処へ移動しようとしているのか判別し難い
草の音に囲まれながら顔を忙しなくキョロキョロさせていた折りに
真正面の茂みから少女が駆け出してきた


「うわっ、、れ、…サリア!?」


バフン、と勢い余り自身の腹に飛び込む形になった緑の少女を、主人公は受け止めて覗き込む
肩を震わせて白黒させた目が漸く主人公をとらえると
サリアは安堵の為か晴れやかな顔になる



「ゴッド!」


「いや、まあそーだけど…ってゆーか何であんたが此処に?」


「ムジュラが還してくれて…ううん、それよりも早く逃げないと!」


「逃げ…?」







「逃がさんぞ!ああ逃がすものか!!」



宙を舞い少女を追ってきたのは
闇色の肌につり目を光らせる亡霊
炎ではない輝きを宿すカンテラを持つそれは間違いなくポウの一種だった





「ぎぃアアァあああああーーででで出たぁぁああ!!!!」


「ゴッド、お、落ち着いて!!」



主人公は腰を抜かして尻餅をつき
目を固く瞑って叫び倒した
サリアはそのあまりの怖がりように驚きながらも
何とか追跡者から遠ざかろうと主人公の手を掴み引いてみる
しかし少女の力では無意味に終わった



「無駄な足掻きはよし給え、さあ時の歌のメロディーを最後まで紡ぐのだ」


「……」


サリアは此処に来るまで大事に手の中に包んでいたオカリナをギュッと握る
抵抗の意を示す少女に対し、亡霊はグニャリと目を細めて指揮棒を構えた

それはサリアの意思とは関係無く体を動かし、オカリナを奏でる姿勢が整えられる
カタカタとひきつるようにサリアの手が震えるのは反抗の現れ
亡霊がまた体に指示を出す前に、サリアは自分の力で別の旋律を吹き始めた

四分の三拍子で、緩やかに跳ねるように音が繋がれた



「む、この舞曲は!?」



緑の光が途端に主人公とサリアを包み
風が何処かへ二人を運んでいった












光はほぼ同時に、森の聖域へと収束する
未だ景色の変化に気づかず、マスターソードの台座から少し離れた地面で怯えきっている主人公に、サリアは元気の出る歌を送り宥めた



「ぅ…こ、此処は?」


「聖域だよ」


「やっぱり…もとに戻ってる」


主人公は昼間とは違う夜の聖域の様子を伺い
しかし灰色以外の色彩を見出だして、時がまた刻み始めているのだと判断する

扉の前で固まっていたガノンドロフの姿も無いとなると主人公の予想は当たっていたようだ



「此処で何があったの?誰かが魔王をまた自由にさせたんでしょ?」


「…サリアがオカリナを吹いたから」



サリアは自責の念から顔を俯かせる
視線の先には少女が愛用しているらしい若草色の小さいオカリナがあった
主人公はサリアとの目線を近くにするために屈み、覗き込む



「いくら何でもオカリナ吹いただけでこうはならないでしょ」


「さっきの人、シャープが教えてくれたのは時の歌だったの」



さっきの人ならざる人、シャープの姿を思い出し、主人公は身震いするが、恐怖よりも時の歌というワードに食い付く好奇心が勝った




「時の歌…」


「それで、この聖域とガノンドロフの時間が遡って、魔獣の姿になったんだって言ってたよ」



主人公は自身の右手を持ち上げ、甲を凝視する
そうすれば暗い聖域の中でもぼんやりと光る三角形が浮き立った
魔王の元から離れ主人公に宿った力は未だそのまま
いくら時間を遡ったからといって神々の力の一つが重複して存在は出来ないだろう

力のトライフォースを失いただの人に戻って尚
無理矢理に魔獣の姿で暴走を余儀無くされる男の、身体への負担は計り知れないものである筈だ





「惨いことするわ…」


「うん…ちょっと可哀想、だね」


「ま、でも取り敢えず、シャープとかいう奴の目的を洗いたいところ」












「目的はこうだ、ハイラルの終曲をこの私が指揮する」



威厳たっぷりの亡霊の声が主人公の背後から忍び寄った
主人公は瞬間、目を見開き汗を滲ませ唇を青くする
反射的に声の方へ振り返ろうとした主人公の頭を
サリアは自身の小さい胸に押し付け抱き締めた


「サ、リア?」


「大丈夫、何も怖くないよ」


サリアは小さく主人公の長耳に囁きを入れた

少女は頼りない小さな体に似合わず、どうにか主人公を守ろうとシャープに大きな目を固定し場を繋ぐ




「どうして此処が分かったの?」


「ンーふー、当然だ、先程のメヌエットは私が書いたのだから」


「…ねぇ、どうしてこんなことをするの?」


「言っただろう?最終楽章なのだよ…神々の悪い遊びを終わらせ、我々は晴れて自由となる」



自分の言葉に酔いしれたように、シャープは空を仰ぐ
時を奪っていた灰色の光が空に逃げて黒雲となりこの一帯を覆っていた
狂言にしか聞こえない言葉達に、サリアは身がすくんでいた











「なるほど…ね、迷い在り続けることに絶望してる『記憶』…」






不気味にも思える笑い声と、落ち着いた声がすぐ側に聞こえてサリアは驚く

主人公が少女の手から抜け出て立ち上がったのだ
そこにもはや恐怖の色は見られない







「結局全部、犯人は奴らだったんだ」



「ゴッド…、?」



「とにかく、あんたの思い通りにはさせないわ!!!」



どこかくぐもった声で叫び
振り返った主人公はとうとうシャープと対峙した


ギブドのお面の下、怖いものを失った主人公の表情は自信に満ち溢れた笑みだった








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