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混乱と困惑は体を固まらせる
考えの整理に時間が欲しい
しかしそんな要望すら声に出来ない


勇者の影の心中を察すること無く
主人公は自分の考えを忘れない内に言葉にしていく


「大妖精が言ってた、自分は光の精霊だった、って」


「確かに、自分もその様に聞きました」


「でも光の精霊が守る地は、何かしら生命の営みがあって、豊かな土地の筈なのよ」


容赦無く始まった主人公の理屈の応酬に
勇者の影は頭が痛くなる以前に、目の前で見聞きできるもの全てを現実と思えないで、軽い逃避に走っていた
そもそもその大妖精が精霊だった件も彼は知らないのだ

主人公は地図の上に四ヶ所、精霊の泉の場所を示す
人里があり、或いは動植物が自生し、或いは恵みの水を蓄えている
守るべき地に精霊の泉が据えられたのか
精霊に守られているから命が寄り集まるのかは定かではないが
一応の主人公の説明は通る


「でも大妖精の泉があるのはこの砂漠…わざわざ精霊が守るような命は無いに等しい、枯れた土地」

「はい」

クレは律儀にいちいち相づちを打ち、主人公の語りやすさに善処している
ただただ棒立ちの勇者の影はそれに嫌悪することも二の次だった


「最初は、大妖精は別の地に居たのに砂漠に連れてこられたとも思ったんだけど、違うのよ…此処は元々砂漠じゃなかった」


主人公の指がゲルド砂漠をなぞる
広大な砂漠はこの地図に収まりきらないほどにあると聞く
砂漠の民と呼ばれる者も居るがそれも少数として切り捨て、それには触れずに話は進む



「影の一族が此処に居たの」


「…」



クレに視線を送り、少し得意気な表情をする主人公に
彼は分かりやすく目を見張った


「影の一族は魔の力で神々の力を、聖地を、支配しようとして、陰りに追いやられた…」

「それは違います」


影の一族に伝わる話とは違う
光の民の主観混じりのそれにクレが声を挟む

だが主人公は宥めるように目を合わせた


「分かってるよ、でも光の世界ではそうだって伝わってるから、まず聞いて」


影の一族が陰りに追いやられた
その話を境にやっと勇者の影の理解も追いつき始める
ラネールの泉にて、勇者が語り聞かされていた話であると
食してきた記憶が教えたのだ



「きっとここに聖地があって、そこに影の一族が栄えていた、光の精霊はそこを守ってた」


「…だが今は砂漠だろう」


「まー、何があったのかは知らないけど、神に嫌がられることがそこで起こったのよ」


「大妖精も、一族も、神の怒りに触れ今に至る、…ということでしょうか」



にやり、と綺麗に弧を描く口が暖炉の火に照らし出されて
一層印象強く色付く



「聖地は其処にあった、でも神の奴等がそれを遠ざけて、人の手の届かない空に持っていった」


「聖地が消えた後が砂漠になった、か…分からなくもないが何故そこで、聖地が空にあると…」


「リンクが空に居るからよ」


確かに地上に勇者は居なかった、と主人公は結論付けていた
百歩譲って彼が天空にいるのだとして
しかしそれと聖地の所在は関係ないように思える



「私がリンクを探しているの、知ってるでしょ」


「あ、ああ」


「あれ、ネールに頼まれてるの」



いくら常識の無い勇者の影でも
その名を聞いて耳を疑うくらいの知識はあった
それは神々とは無縁のような世界に住んでいたクレも同じようだった

ネール、とは間違いなく三大神の知恵司る女神の名

まさか此処でそんな単語が出てくるなどとは思いもしなかった、と驚くと同時に
何故今までそれを打ち明けなかったのかを責め立てたい衝動に勇者の影は駈られた



「認めたくないけど、私が神だって、奴等は思ってる」


「…それで、勇者を探させることで…主人公を聖地に誘き寄せようと言うことか」


「そ、しかも何かかなり急いでるみたい」


「ならば何故そのような回りくどい真似を…」


「んーそれは、分かんないけどね…あいつらにも都合があるんじゃない?」



一通りの説明を終えると
主人公は疲れきったように息を吐いてカップを傾け始めた
ソファーに深く沈み、自分の髪をくるくると弄りながら
何処かすっきりさっぱりした表情になっている






「だが…仮定だろう」


「ええ、仮定よ?」


所詮は仮定だ、と切り捨てたい気持ちが勇者の影の口を動かす
だが主人公の中には妙に確信で固まった仮定だった


粗方の説明は受けたものの未だ意味を飲みきれていない勇者の影は、嫌な汗を抑えられなかった

どうぞ、と冷めた声が間近に聞こえ
見ればいつの間にかトレイにグラスを載せて差し出すクレが側に立っていた

自分でも気づかなかったことだが勇者の影の口内は酷く渇ききっていたらしい
礼も言わずにそれを受け取り口をつける
喉に流し込んだものがただの水だと解るのにも時間がかかった



飲み干して息を盛大に戻し
クレの方にカップを置こうとするも手が定まらない




「…なん、だ?」




覚束ないのは緊張ゆえではない
揺れていた
全てが微動していたのだ




「地震!?」


「地震もそうだが…っ」

「はい、禍々しい力を感じます」


カタカタとテーブルが揺れ、主人公の座るソファーさえもずれ動く
壁掛けの写真のフレームが幾つか傾き、あるものは落下した


難しい考えも吹き飛ばしてくれるトラブルの予感に、勇者の影は喜んで思考を投げ出し、いち早く扉を開いて外へと出た

木々の騒ぎ方は危険を知らせるように耳をつく
遠方の空に赤黒い煙と暗雲が立ち込めていた
その真下には深い森があったはずだと勇者の影は気付く


「ガノンドロフか…!?」


「ムジュラを投げたのもあっちだったかも…」


主人公も彼の背後から夜空に不自然な光景を目にして嫌な予感をさせることを言った

火事に備え暖炉の火を消したクレが揃い
三人は言葉を交わすまでもなく森へと向かった






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