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勇者の影の全力疾走はそれこそ人並み外れだった
主人公を担いでいたにも拘らず
鞭を打たれた馬よりも速く平原を駆け抜けられては
怪鳥達も追い付けないどころか觜をあんぐりして追いかけることさえも忘れてしまうしかない





「逃げ切れたか…」



背後に魔物の気配を感じなくなり
立ち止まり主人公の体をどさりと地面に下ろした


「いたっ!」


腰を擦りながら主人公はゆっくり立ち上がり勇者の影に抗議の声をあげようとしたが
周りの景色がすっかり変わっていることに気付いて言葉を飲み込んだ


肩に担がれるという無理な体勢で
勇者の影の背中しか見ていなかった彼女はずっと平原を走っていた気持ちでいたからだ




「ここ、城下じゃん…!」


二人が居たのは城下町への入り口の一つの南門の前だった
怪鳥から逃げ走っている間にいつの間にか行き着いてしまったらしい



「いゃー!気が利くね勇者の影、んじゃ…王女様に会いに行きましょーか」


「待て」


鎖をジャラっと鳴らして門へ向かおうとする主人公に待ったをかけたのは
何か思い詰めたような低い声



「そもそも俺は、貴様と旅をすると決めたわけではないぞ」


「え?!何で?」


急に知らされた新事実や
仲間の裏切りにでもあったかのように主人公は目を丸くして自分の耳を疑った
彼女にしてみれば彼に名前を与えてやったし
敵との戦闘でも助け合ったし
共に平原も越えて来たしで
もはや「一緒に旅をしている」というのが成立していたのだが

飽く迄それは『彼女にしてみれば』の話だった




「だって、何だかんだ言って戦いの時も、走る時も助けてくれてたでしょ!?」


「あれは……ノリだ」




ボーンと鐘の音が響くようだった
少し仲間としての絆を感じていた事は「ノリ」という一言で簡単に音を立てて崩れ去った





「でも、君は私についてくるしかないよ」


思い出したようにニヤリと悪役じみた笑みで手に握る鎖を見せ付ける
連鎖している金属は二人の仲よりも固く繋がれていて全く切れる気配はない




「あぁ、だが俺の意志ではないことを忘れるな」



つまりは彼は仕方なくついていく行くだけで
隙さえあれば主人公を殺してでも逃亡を図ると言っているらしい



「そんなの望むところだよ」


「……」


しかし主人公は逃げられない自信でもあるらしく
寧ろ面白いゲームの始まりを告げられたように笑んだ
勇者の影は早くも戦意喪失しそうだった



(ていうかわざわざ宣言しなくても…)

隙を見て逃げるつもりなら
何も言わないでおいた方が油断することも多くなるというのに

本当に逃げるつもりなのか疑わしく
やっぱり勇者の影は馬鹿かもしれないと主人公は思った






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