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仮面は多大に加速しながら落下していた
厚い森の木々の枝葉に叩かれ突かれながら、漸く暗い地面に落ち着いたころには、ムジュラの機嫌は最悪

と言うほどでもなかった



夜風を切って地に着き、二、三弾む仮面は暫く黙り込む
叫んで喚いて抵抗したのにその末、無情に主人公に投げ捨てられた事への沸いた感情もあったが
長く夜空を旅している間にすっかり収まっていた

自分は主人公に捨てられてなどいない
それはもうムジュラの中で真実だった

仮面自身が願ったこと、主人公と共に行くことを
彼女も必要だと言ってくれたのは未だ記憶に新しく響いているのだから


「デもナンで投ゲラれたの」



ポツリとした呟きは仮面の予想以上に寂しそうに響いていき
それを笑うような声が次いで重なるのが聞こえた
蒼白の灯かりを照らし近寄る小鬼がいた



「珍しい事が重なるなぁ今日は」



「…ナに、オ前」


「キキキ、お前が棄てたゴミの一つ、だぞ」


揺らめくカンテラは辺りに漂う濃い霧を疎らに示し
視覚的に閉塞感が立ち込めるのを暗に見せた

スタルキッドが噛み合わせた歯の隙間から笑いを溢すのに対して、ムジュラの心中は冷え冷えとしていく
仮面から姿を変え、人として目を会わせてみても、スタルキッドの実の無い笑いは続いた

ゴミ、そう言い捨ててムジュラが切り離した命が多々あったのは事実
目の前の小鬼がそうだったというのを、思い出すことができないのも変えようがない
それが如何に残酷と絶望を産んだか、など
全て感じ知ることはとても叶わないながらも

小鬼の言った台詞の痛々しさがひりひりと、今のムジュラの耳に当たった





「……ソンなつもり無かった」


「キキ、キ…?」


「ゴメン」


「…冗談だぞ、本当言うとオイラには関係無い」



夜風と木々の唸りにさらわれてしまいそうなムジュラの呟きを意外に思って
スタルキッドはようやく笑いを抑えた


「オイラは今機嫌がいいんだ」


「そう、ナンで?」


「懐かしいオカリナだゾ、お前も踊ればいい」



オカリナ、そんな物の音色は聞き取れない
ムジュラがそう指摘しようとするがその前に、彼の胸がうずいて落ち着かなくなった
訳が分からない感覚に耐えている体に、朝の薫りを運ぶような風が、この時間にも関わらず、通り抜けたとき
彼の肢体から押し出されるように、緑の少女の姿が現れたのだ


「懐かしい、森の匂い…サリアを連れてきてくれて、ありがとう」


ムジュラは体から消えたざわつきに変わって飛び出した少女の言葉に呆ける
一方でスタルキッドはもっと嬉しくてなった気分を小躍りして解消していた


夜の闇に溶けてしまいそうな、暗く透ける少女の手には小さなオカリナがあった



「貴方も、オカリナが好き?」


「キキキ、キ!好きだゾ!!」


緑の少女は満足そうにスタルキッドに微笑みかけ
次はムジュラへと向き直り見上げた
同じ質問を自分もされているのだと気付いたムジュラは、んー、と唸った


「分かンない」


「サリアはオカリナ、好きだよ」


「フーン?」


「だからサリアは、ムジュラにも、好きになって欲しいな」



そう言うとサリアは、オカリナに口を添え、瞼を下ろして音を奏で始めた

体を揺らし気持ち良さそうに音に色を着けていく少女の様子を、何となしに眺めていると時々小鬼がラッパで妙なリズムを付け足す

微睡む命に安らぎを、夢見る心に楽しさを
少し助けるような響きが夜の迷いの森に渡り
ムジュラも些か、気分を高揚させた











「ノンノン、そうではない」


新しく加わる声が何かけちをつける
三人は音楽を止め
木々の間を縫い空中を滑ってやって来た亡霊に注目した


「もっと厳かに、壮大に!」

「オゴソかに?」

「キキキ、そうだい、に?」


「そう、『時』の緩やかなるこの森に相応しく、こうだ」


立派なタクトとカンテラ、口髭を備えたポウが大袈裟に手振りで音の表現を指摘しだしたのだ
手本として口ずさみ指揮をとり始めるポウに
サリアは首をかしげながらも、オカリナでその曲をなぞる

オカリナとラッパのみで何をどう厳かに壮大にできるのか、ムジュラは疑問に思う
わずかに三音、それを引き伸ばし、繰り返すだけのもの
邪魔をするようにスタルキッドが気の抜ける音を足すが
音楽家の亡霊は意に介さず、続いていく音色に心酔していった

段々とテンポが上がっていくそれに森の穏やかさはいつの間にか崩れ去る
木々が激しく揺れ
たゆたう霧は渦を巻き
地響きがコーラスに加わっていく


「何か変だゾ?」


「この歌は…?」



「時操る調べだ、…さあ、聴けし者よ目覚め給う」



暗い森のその中にいる彼らには気付きがたいことだったが
確かにその調べを聴き、動き始める者はいた

時を奪われ聖域で固まる男がまた色を取り戻した










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