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リンクが家を開ける前から
そこはあまり使われていなかったようで
ほこりとかび臭さが酷い物置のようだった


主人公は家の中にあったカンテラを拝借して
下階の物置部屋への梯子を降りていく
一人反省中の勇者の影の様子を見に来たのだが
誰の気配も感じられない暗闇ばかりで主人公はそっと息を飲む




「勇者の影…?」




呼び声に、微かに身動ぐ音を聞き
そちらに明かりを持つ手を伸ばしながら主人公はゆっくり歩んだ

床板が軋むことなく彼女の靴音を響かせて
それが二、三鳴ったところで勇者の影の声がした



「来るな」



一言、そう言われて行くのを止める主人公ではなく
勇者の影が居ることをちゃんと確認できた彼女は寧ろ歩みを確かなものにして近づいた

床ばかり照らしたカンテラの灯が勇者の影の姿も範囲に入れる
壁に寄りかかり気だるそうにしていた顔が主人公を見上げて眩しそうにした




「来るな…」


「勇者の影、お腹空いてない?シチューあるよ、いっぱい」


「貴様は…つくづく俺の言うことを聞かないな」


「そういえば確かにそうだわ」



主人公は悪びれずに笑って
勇者の影のすぐ目の前に座りカンテラを置いた



「少しは落ち着いたみたいだね」


「……」



微笑みを受けると、勇者の影は彼女から目をそらす
それから何かを決心した様子で再び主人公と顔を向き合わせた





「俺はもう貴様に協力しない」


「勇者探しのこと?何でまたそんな…」



何が気に障ったのか知らないが勇者の影は突然そんなことを告げた

二人は互いに探し求める目的が同じだった
個々で旅をしていても何も成果が得られなく、利害が一致して共に旅をすることになった

まだ目的は達成されていない
それなのに、手を切ると勇者の影が言い放ったのはつまり
彼の目的が変わったということになる








「勇者に会わせたくない…」



「え?」



「それを思うと…恐くて、たまらない」





身を乗り出した彼がすぐに彼女との距離をつめると
間に置かれたカンテラは倒れ
油の残り少ないそれは呆気なく火をなくした


突然の暗闇が視界を奪い
目を白黒させて何も見えない状況に主人公が慣れる前に
人間の暖かさと重みが体を包み込んだ





「主人公が好きだ…」





耳元に聴ける声は弱い

代わりに腕の力は振りほどけもしない






「もう勇者を探すな、勇者を求めるな」






己の使命を忘れていた
否、頭の片隅に認識してはいた

しかしそれよりも大切にしたいものを覚えてしまった

勇者を探す旅中で主人公と過ごす日々が終わることを
知らず恐れていた


いざ、その勇者の手掛かりを見つけたと聞いた時には
都合よく己の使命を掘り返して

記憶を奪っても、消しきれないリンクの存在が残るこの村など早く出ていきたかったし
手掛かりに希望を見出す主人公を見ていたくもなかった






「私は…」



「もう勇者は何処にも居ない、分かっているだろう」




主人公にも彼女なりの理由があって勇者を探している
そんなことは勇者の影にも分かっていた
それでもどうにか、こんな旅を止めさせたい一心で言葉を遮り彼女の頭を自身の胸に押し付ける


勇者は何処にも居ない

勇者の足跡を辿っていくつもの地を調べてきた二人だからこそそれは真実だった



何処にもいない

しかし
主人公の頭でその言葉が静かに波紋を生んでいた









 ハイラル全土

探した けど


  勇者が いな
         い

 神々に 

   魅入られた


 勇者が

去った      この地 に


    一族 の魔力を

神々が 脅
     威  とした


遠い昔に 、 私が

   奪われた  光


 探していない

   近くも
   遠い








「あ…」



「?…どうした」



「分かった、かも」




主人公が何か脱力した声を出し
勇者の影もつられて腕の力を緩める

主人公は人差し指を立てた







「空だ」



「は?」



「空だよ、リンクが居るのは」




嬉々として主人公は勢いよく立ち上がり
暗闇にすっかり慣れた目で、転ばずに梯子のところまで駆けていき急いで戻っていく

勇者の影は数秒呆気に取られたが慌てて声を上げた



「き、貴様!俺の言ったことを聞いていたのか!?」


「うん!おかげで全部繋がりそう、ご協力ありがとう!!」




やっぱり勇者の影の言うことなど聞かず主人公は行ってしまい

彼の主張とはかけ離れた結果を招いてしまった自分の発言が何だったのかも分からないまま
勇者の影はとうとう自身を馬鹿だと思い始める







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