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何度目の黄昏がこの国を包み
その内の幾度を勇者の影が見てきたのかは分からない


勇者が勇者となる前から暮らしてきた生家を飛び出すと
横から突き刺す淡い光が目を痛めるので勇者の影は瞼を閉じて
不快な顔をして、村へと歩みながらもう剣を手に持っていた




「勇者の影!!」



主人公の声が彼を呼び止めた
その声だけはすんなりと受け入れてしまう自身にも軽く苛立ちながら
勇者の影が振り返ればそこに居たのは主人公ではなかった



「ぐぇっ――!!」


「なんでそーひねくれちゃうかなー勇者の影ってば」


「くっ、どけムジュラ!そして主人公の声で喋るな!!」



勇者の影の背中に体当たりをくらわし、ついでに倒れたその背中にのしかかって座ったムジュラから
聞き間違いではなく主人公の声が主人公のような口調で喋るのが聞こえて余計に腹立たしさが倍増した
それも恐らくはムジュラの魔法が為せる技なのだろう

ムジュラは起き上がろうとする勇者の影の頭を手加減無しに地面に押し付けてそれを阻止する
勇者の影はその屈辱的な状態に耐えきれないで左手の剣をなんとか背中の男に当てようとしたが
剣を持つ手も蹴り飛ばされて武器は遠くに転がってしまった




「邪魔をするな!!」


「勇者の影馬鹿ダナ…村の奴ラ殺すんならこの国の奴等モ殺さなきゃ意味ナイだろ」


「それで勇者が消えるならそうするまでだ、それが俺の存在意義だ!」


「今更ソンナことして何になるノサ?」


ムジュラに押さえつけられて
足掻いても抜け出せずに
口に少しの砂利まで入り込んで
勇者の影は拳で地面を殴るだけしかできなかった



「貴様に、何が分かる」



「…勇者の影のコトなんか知らナイけど、世界に忘れられたヤツらの気持ちなら知っちゃッたンダ」



誰にも知られずに消えることを嘆いて
影の世界に留まっていた記憶たちを身に取り込んだムジュラは
同じく、人知れず忘れ去られていくリンクの痛みならば理解できると言う

ムジュラのその言い種は同時に勇者の影を否定しているように聞けた




「もう止めちゃえヨ、勇者の影、シメイとか、イギとかでそんなに人間は動かナイんだゾ」



まさかムジュラが諭す言葉を吐くとは夢にも思わず
今までの経験からムジュラの言うことの全てを戯れ言と位置付けたく思って
勇者の影には殆ど内容は耳に入っていない




「貴様に俺の何が分かる!!?」




悲痛に怒鳴っても、自身を理解して欲しいなどとは思わない
何を見聞きして、ムジュラがそんなにもまともなことを口走るようになったのかを知る由もなく
自分だけが愚かな存在として浮き立ちつつあるのを勇者の影は感じて無性に苛立った

























「不味い」



顔を苦々しく歪めて、主人公は一口でスプーンを置いた
皿に盛り付けられた黒い色の、見たこともないシチューを少量でも口にした彼女は自分を誉めてやりたくなった

主人公が皿を自分の前から遠ざけるように
テーブルの上を滑らせると
クレは無言で部屋の隅に正座をして哀愁を漂わせた



「申し訳ございません…」


「料理苦手ならそー言えばいいのに」


「全ては、自分の責任です…」


「何かクレって面倒くさいね…そーいうところ」



深々と主人公の言葉が胸に突き刺さったクレは
ショックのあまり頭をふらつかせて壁にぶつかっていた

暖炉の前に座り込むムジュラは
いつもの調子でクレを馬鹿にすることも忘れて何かぼーっと火を眺めている
主人公がシチューの残りを食べないかと問う声には、首を横に振ってしっかり反応を見せた


太陽もすっかり沈んだ時間帯に、まともな一般中流家庭のように暖かな灯を灯しているが
その面子はただの一家庭とくくれるものでは無い

主人公はクレとムジュラの様子を気にかけながらも
テーブルの上に広げっぱなしハイラルの地図を見下ろして
ファドから貰ったチーズを摘まんでいた


勇者の影は先程、結局ムジュラに取っ捕まって、主人公たちの寛ぐ居間とは別に、光の射し込まない下階にぶちこまれて頭を冷やしている
まともに勇者の手掛かりについて話し合うのはまだ時間を置いた方がいいと判断し
丁度よく欠伸を漏らした主人公は、面倒事を明日に持ち越して早く床につこうと思い立つ

そこでムジュラが静かに口を開いた



「回りくどい願いは、欲じゃナイのに…」


「…何?、欲?」


「主人公…」



相変わらずムジュラの言うことには脈絡もなく主旨も分からない
主人公はあまり相手にせずにベッドに直行しようとしたが
暖炉の火から目を離しこちらに顔を向けて呼ばれたので足を止めた




「ん?」



「勇者の影いま、心がグチャグチャなンダ」



ムジュラは虚ろでもない瞳で、暖炉の方に顔を戻した

彼にしては大人しく、落ち着いた物言いだった

就寝しようとする主人公に対して何もセクハラ紛いなことを発言しないという
そんな違和感も気にならないほど
次のムジュラの言葉は驚くべきことだった






「助けてヤラナイと、ボクみたいになっちゃうよ」



「…え?…誰が?」




文脈的には明らかなのだ
勇者の影を助けてやらないと
そう言いたいのは勿論、主人公にも分かったが

あのムジュラが他人を気遣う言葉を口にしたのだ
しかも勇者の影に対してだ



主人公は目を丸くして
明らかな変化を示す彼を凝視して

ムジュラは膝を抱えたそこに顔を埋めて塞ぎ込んだ







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