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イリアと名乗った女の足元に
隠れるようにマロとベスがいて

その二人が捕まったタロとコリンを助けるための応援に彼女を連れてきたことが分かる



「イリア姉ちゃん!!」


タロとコリンが彼女の元に駆け寄っていくのを
勇者の影はポカンと見送っていた

イリアは依然、厳しい視線を和らげることなく彼らに向けた
恐らくは、怯える二人の子供を勇者の影達が囲んで虐待しているように映ったのかもしれない





「イリア、か……」




イリア自身が名乗ったこととは別に
勇者の影は自分の物ではない記憶を探って
森の出口に立つ彼女を認識して呟く

するとイリアの表情に、戸惑いのようなものが浮かび
目が少し大きく開かれる






「今の、…貴方、…」


「何だ?」


「…分からない、けど、…とても、大切な人、みたいに思えて」



イリアが胸に手をのせて
曖昧な記憶に触れるのを苦労しながら何とか言葉を紡いだ

その様子に勇者の影は眉をしかめて
ムジュラは何か思い付いてポンと手を打った



「勇者の影ノ昔のオンナか」


「貴様は黙って逝け!!」

「イかないヨばーか!!」


勇者の影が素早く振り抜いた剣をムジュラは嘲笑って避ける

再発した争いも、しかしクレが溜め息をわざとらしく溢したので、二人はさっさと大人しくなった





「どうせこの女も『記憶』が見せる幻覚だろ」



勇者の影は付き合っていられないという風に言って歩き始めるが
今度はその言葉に皆、意味が分からず固まった




「馬鹿勇者の影のヤツ…まだココが影の世界だと思ってンナ」


「どうやらそのようですね」



口調が敬語に戻ったクレを横目に見て
ムジュラは多少警戒しながら言い足した




「オマエ、実はかなりオトートに似てるんじゃナイの」


「双子ですので」


「ドろドろな欲持ってソウだ…キヒヒ」


「それは心外です」




「ちょ、ちょっと待ってあなた達、トアル村に何の用なの!?」




歩いていく勇者の影の後を追うムジュラとクレを
慌ててイリアが呼び止めた
彼らが向かう先には彼女達の大切な村があるだけ
子供を泣かせるような男たちを村に入れるわけにはいかない、そう思ってイリアは気丈に声を張り上げている




「…貴様には関係無い、邪魔をするなら容赦はしないがな」



勇者の影が
冷めた目でイリアに吐き捨てた


彼女が忘れてしまった大切な人と似た姿で
見せる言動はどれも似つかないものだけ

ポッカリ白くある、埋まらない記憶の穴に
目の前の黒い男をすげ替えて置くのはどうしてもできない






「イリア姉ちゃん…」



コリンが彼女の手を引いた
目に涙を溜めた少年と同じく
イリアはわけも分からなくそれを溢しそうになっていた



勇者の影がもう森を抜けて、クレが後を追って、ムジュラもとろとろ森を出ていく








「もう忘れない、って…そう、決めていたのに」



イリアは俯いた

いつか村を襲った悲劇の最中
大切な人を忘れてしまった悲しみの、心の痛み、それだけは今も鮮やかで残っている



もたもた歩いていたムジュラだけがそれを耳に入れていた












「アレさ、勇者の影がキオク食べたんダロ」








谷を渡す吊り橋を渡る勇者の影とクレに追い付いてきたムジュラが訊いてきた



勇者の影は振り返り、足を止めると
クレも同時に歩みを止めた

ムジュラが言うのはイリアのことだ

何かを失い、それが何かも分からずに戸惑い
悲痛を叫ぶ心の声はムジュラにしか聞き取ることができない類いのもの

不安定なその人間の心は
勇者の影のせいだとムジュラにも分かった





「…だったら何だと言うんだ?」



「主人公が言ってタヨ、ダレカの心に刻まれたヤツはずっと生きてラレルんだって、サ」




ムジュラは何も苛立ちを募らせるような態度ではいない
それは彼には珍しい様子だが
勇者の影はそんなのを感心してやることなど忘れて

込み上がってくる憤りや怒りに似たものへ簡単に感情を預けた








「何が言いたい、貴様は」







「勇者の影、勇者を殺してンダ」











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