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「も、もう…走れない」




主人公は最後に言葉を出すのに力を使い果たして
立ち止まりとうとう膝をついて地面にうずくまった


そうして整わない息づかいが続く
止まらずにそれが時を刻んでいるので
主人公は疑問に思い背後を振り返る

追ってきていた光は無く
青い霧のかかる森の中に彼女はいた





「どうやら…逃げ切れたようだな」


勇者の影も立ち止まり呼吸の度にひきつるような喉の痛みを感じながら言う
光の差し込む隙が殆ど無いような厚い森の中





「しかし今の光は一体何だったのでしょう」


クレはやはり表情を崩さず
疲れはまだ感じていなかったものの
ある種の光の恐ろしさを新たに知る
そして声が虚しく響いた





「てイウカ…ここ何処だヨ」


ムジュラが一人
平然としながら周囲の、何の目印もない森を見る







一人














「てゆーか…皆何処行ったの!!?」




主人公の声は高々とこだました
だがそれに反応する仲間の声も姿も周りに無い

皆がバラバラになってしまったことなど知らず
一通り焦った後に響き渡る自分の声を聞いて寂しさがわいた




「さっきの光…何だったんだろ」


気を紛らわすように主人公は考え始めた
先程の灰色の光のことを

台座に剣を置いただけだった
主人公がやった時には何も無くしっかりと扉が出現したというのに
あんな惨状がやってくるとは









「あれも、マスターソードの力だぞ」



キキキ、と笑う、鈴を転がしたような声と
ガサガサと草を鳴らす物音に
主人公は肩をビクつかせたが、動く元気がなかっただけに何も他には出来なかった



「誰!?」



問いかけに、親切に答えるために声の主は姿を見せる
主人公の座り込む所の近くに見えていた大木の切り株上に、小鬼が一人現れた




「オイラはスタルキッド、暇だから森番してるんだぞ」


「…じゃー、暇なスタルキッドくん、…今の話、ちょっと詳しく聞かせてもらえる?」



スタルキッドは小気味良く笑いながら体を跳ねる
その次の瞬間には姿を消して
少し遠くの木々の間に現れて見せた



「オイラについて来れたらな、キキキ」


「何かムジュラみたいな子だわ…」



言われた通りに、しかし少しは警戒しながら主人公はスタルキッドを追いかける
ついて来れたら、そう言うわりにはその小鬼は別段素早く見失われるようにするわけでもなく、青白い光を溜めたカンテラを余計に振り回しながら歩いた
走る力の無い主人公には丁度良いものだった



「ねー、マスターソードがどーして急にあんな光を呼び出したの?」



スタルキッドはぎこちない玩具のように首をカタカタカクカク傾けて歩く
たまに手に持つラッパを吹き鳴らし
何かを呼び出すでもなく、ケタケタと笑う
そしてようやく主人公の質問に答えた





「勇者が居なくなったと思ったのに、勇者が剣に触ったから、混乱して暴走したんだぞ」


「思った、とか…混乱した、とか……マスターソードが?」


「あいつも意思くらいあるんだ、勇者がもう居ないから、ただの剣になりかけてたぞ」




「勇者が、いない……」



マスターソードが暴走したのはつまり
最後あの時に勇者の影が剣を持ち台座に戻したのが原因らしい

マスターソードは勇者が消えてしまったことを、深い森の中でも知り
勇者の影に触れられた時、その姿故か、記憶を取り込んでいた特性故かは分からないが
彼に微かに勇者リンクの存在を感じてバグったようだ

しかしそこはいいとして問題なのは
勇者が居ない、と、マスターソードが思ってしまったことにある
それは、勇者の見つけられない主人公の旅に一つの答えを突きつけているのに等しい

勇者にしか抜くことの叶わない、勇者にだけ呼応し、力を貸す剣が
言わば勇者を選んでいるはずのあのマスターソードが

勇者がもう、いない、と諦めているようでは
到底、ただの人間一人で探し出すことは無理だ
というよりも、もう本当に勇者がいないという可能性が極めて大きい



「何ちゅー旅を、させてくれるのよ…」


主人公は自身の右手の甲に、ボソリと語りかける
それに反応を示す光はない

スタルキッドがまたラッパを鳴らして笑った
何の為のラッパかは知らないが、勝手に楽しそうなので
主人公は放っておき、小鬼の後を追う





























何処からか、馬鹿にしてくれるようなラッパの音


「邪魔…だっ!!」


何処からか、降ってくるパペット人形の群れが襲いかかってくる前に
勇者の影は黒剣でなぎ払った
もうかれこれ十分ほど、方角も分からない迷いの森をさ迷うが
数歩行く度に気持ちの悪い人形がやってきて足止めをするのでまったく進めている気がしない
加えて全力疾走した彼の息切れが酷かった



「っげほ…くそ、…何だ」


体を動かしてこんなにも苦しくなることは、勇者の影にはどうしても不可思議で慣れないことだった
堪らずに膝に手をついて屈む
暗く静かな森には息が大きく反響する
勇者の影にはそれがみっともなく感じられ、どうにか抑えられはしないかと首に手を置いた
そこにはもう首輪は無いと気づき、そして
再び主人公を探すために歩き始めた






「勇者の影…さん」




妙な、聞いたことのない言葉を聞いたような気分で勇者の影は振り返る
そこにはクレが立っていて勇者の影は眉間にシワを寄せた



「呼び捨てで結構だ、虫酸が走る」


「自分もそうしたかったのでありがたいです」




クレは一礼してシレッとそんなことを言った
様付けで呼ぶのでもなく、しかし呼び捨てていいものかの葛藤が先程はあったらしい
主人公が居ないこの場では
いくらかクレの声にも厳しいものがあった




「貴様も、主人公とはぐれていたのか…」



自分一人が迷子になってしまったというアホな状況なのではなく
主人公とクレが一緒にいるなんて気に入らない状況なのでもないことが分かり

勇者の影は一度張っていた肩を下げたが、クレと二人きりのこの状況も随分耐えがたいことであるのを知り一層眉を寄せた




「…自分は先程主人公様の居場所を確認しています。ただはぐれただけの貴方とは違って」


「だったら…俺に嫌味を言いに来る前に、主人公の所に行ったらどうだ」



勇者の影はこめかみがピクピクするのを抑えられなかった

姿勢よく立つ男に背を向けて
宛てなく歩き出そうとする勇者の影に、クレは少し俯きながら言った





「主人公様が、神というのは…真実ですか」




彼はそれを確かめるのに、本人ではなく勇者の影に聞きにやって来たらしい

たとえミドナの命令を受け、主人公に仕えることになったとはいえ
影の一族に耐えがたい仕打ちをしてきたと伝えられる神と、主人公が関わりあるならば
クレも彼女の旅に同行していくのは難しいところだった


勇者の影はそんなクレの事情など知らず



「あんな最弱の人間が、神であってたまるか」




一言で切り捨てる

今までに幾度、思い当たる節があったかなど勇者の影にはどうでもよかった
鬼神が、魔王が、何と言っていたかなどすぐに忘れてしまえた

ただの願望の一言でも疑念は晴らせるのだと思い込み、そう言った
クレも、何か安堵したように視線を和らげる






主人公を神だなどと考え出したら

もうきっと自分の手など
彼女には届かないのだと

そればかり怖れている







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