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手に持たずに操りクルクルとマスターソードを振り回しながら
ムジュラは剣の台座の刺し口を覗き込んでいる
彼が見る限り何もかも、それはいたって普通の台座でしかなかった



「こらムジュラ!バチあたるよ」


「あたんナイよ、コイツ普通の剣だシ」


「普通じゃないって、退魔の剣だから…あんたも封じられるかも…」



最後に少し物騒なことを付け足す
あながち間違ってはいないのかもしれない、ムジュラを何かに分類するなら強大な魔力を操る魔物だ
しかし主人公の脅す声には全く怖がる様子もなく
ムジュラはケロリとして長い袖の上からパシッと剣を握った




「デモこいつ普通の剣だヨ?」


「普通じゃ無いって…それ、だって…」



普通じゃない剣の筈なのだが
普通に誰にでも抜けてしまえたそれをもう、普通じゃない、とは言い難かった
しかし普通であっていい筈がない
何故ならその剣は勇者の物であると同時に






「聖地への扉を封じる剣だ」






野太い声が、ムジュラでも主人公でもなくすぐそばから響く
台座を囲んでしゃがみ込んでいた二人は顔を上げて揃って嫌な顔を作ったが
主人公のそれの方が嫌悪でかなり勝っていた





「ガノンドロフ!」






赤く燃える髪の頭が高く、その高い視点から大男が愉快な、主人公にとっては不愉快な表情で見下ろしていた
この男の名がガノンドロフであったということを頭の片隅で知りながらムジュラは
夜の砂漠で会った彼の生意気な言動を思い返してペッペッと唾を吐き散らした
それを良しとして主人公がもっとムジュラを煽る



「何であんたが此処に…」


言ってから主人公はハッとして気づく
尋ねるまでもない、前回ガノンドロフが言っていたことを思えば
だがガノンドロフは聞かれても聞かれなくても恐らく己の主張を言っておきたかっただろう



「聖地へと通じるこの場に、…マスターソードを扱える者が居合わせたというなら、見過ごせるわけがないだろう」



悠々と喋る男からジリジリと距離を置いていた主人公ではなく
ガノンドロフはマスターソードを片手持つムジュラにぎらついた視線を送った

ムジュラがそれに悪寒を覚えると魔王が彼の首に太い腕を伸ばし片手で掴み上げた



「フギっ、ぐルジぃ!!」


「勇者が去ったこの地に、まだこの剣に選ばれる者が居たとはな…さぁ、聖地への扉を開け!」



じたばたするムジュラにガノンドロフは高笑いをする
彼もやはりマスターソードが誰にでも扱える物ではないと思っているのだろう
ムジュラを剣に選ばれた唯一の使い手と思っているらしい



「わー…ムジュラが捕まった」


対して主人公は気の抜けた声でそんな事実を口にして様子を眺めている
何故だろうか、彼女の目の当たりにしている光景は何も焦りの類を生み出さない

それというのも、何ら危険が迫ってきている気がしないからだ





「オマエ、ムカつくンだヨぉ!!!」


「ぬっ…!!?」


ムジュラは逆に地黒の太い手首に爪を立てて掴む
その力はおよそ、ムジュラの見た目の細い手からは想像もつかない痛みを魔王に送り、首の拘束が少し緩まる

更に手を離さず、食い込んだ爪が浮かび上がる血の管に到達したとき、そこに魔力を流しこめばガノンドロフは悶え苦しんだ


「ぐあァァ!!!、き、っさま!!!」


皮膚の下を焼きながら流れるものに堪らずガノンドロフは自身の腕を抑えて足を二、三度後退させた
爪痕の傷口からは溶岩のように沸いた血が流れ出し魔王の腕から煙を上げる



「主人公様、お下がりください」


「貴様が引っ込んでいろ」


次いで遠くでもめていたらしいクレと勇者の影もやってくる
主人公の身を案じるクレに、勇者の影は厳しい視線を送って退くように吐き出す
そんな言葉を聞かずクレは武器の構えを万端にしたので
勇者の影が先手を撃たれまいとしてガノンドロフに斬りかかった
大振りで黒剣を振り回す彼の攻撃を防ぎガノンドロフにも隙が生じるのを
クレが的確に斬り込んでいった





「ガノンドロフ…同情するよ、なんか」



主人公はやはり先ほどと同じように気の抜けた声を出し倒されていく魔王を見下ろした
同情するような相手では無いにしても
この三人の男に敵と見なされた者には今後同じように同情してしまいそうだと主人公は思った























一方的に、可哀想に攻撃の雨を浴びてとうとう地面に伏せていくことを許されたガノンドロフを横に

四人はマスターソードの抜かれたままの台座を囲み神妙な顔を付き合わせる
神妙な顔と言っても一人はどうしてもふざけた締まりのない表情で、一人は無表情、一見は神妙に見えるもう一人の男は実は仏頂面なだけだった



「おかしいでしょ」



主人公が一言発するのを肯定し頷いたのは勇者の影だけで
他二名はこの事態のおかしさを分かっていない



「マスターソードが誰にでも抜けるなど、有り得ないことだ」


未だムジュラの手の中の剣に視線を落として勇者の影が付け足す


「何デ?」


「聖地の扉を封じているからでしょうか」


「そーそー、こんなんじゃ聖地のありがたみ半減じゃない、ありがたくないけど」


主人公は台座とは反対側の扉の跡を見る
それにつられて勇者の影もそちらに視線を向けた



「勇者の影、扉から出てきたけど…聖地に居たの?」


「あ…あぁ、聖地だと言っていた、確かに」


「誰が?」


「…鬼神」


鬼神に会ったという勇者の影の言葉に、へー、と感嘆する言葉はやはり間の抜けたそれで
勇者の影は知らず、少し緊張しながら主人公の表情を盗み見ていた


「知り合いではないのか?」


「…何、が?」


「鬼神と、貴様がだ」


「いや、意味が分かんないんだけど…」



流石勇者の影のボケは変わっていない、とムジュラと一緒に和み始めた主人公に勇者の影が黙れと被せる
何かを誤魔化している様子は無い、それを見て勇者の影は心のずっと奥底の方で安堵する



「でも、あれッテ過去の扉ナンじゃないのかヨ」


ムジュラが手遊び代わりに剣を弄るのに飽きると
そう言いながら、もう一度確かめるように、台座に剣を刺そうとする

それを勇者の影が慌てて止めた


「馬鹿か貴様は!?」


「ウッわ!勇者の影に、バカって、言われタァ!!」


「あそこには近づくな、死ぬぞ、それにあの場所は記憶…」


「記憶?」


勇者の影の言葉に全員注目した
勇者の影は自身の失言に今更口を閉ざした

あの場所が主人公の記憶で、そして過去の聖地の姿だということはつまり
先の言葉を続けてしまえば彼女の正体が明らかになりかねない

主人公自身が自覚しかねない











「その女の記憶、だろう…」







苦しみを含む掠れたガノンドロフの声がする

地に伏せながら
男は喋った





「その小娘が神だ」






勇者の影の配慮も水の泡に
皆が聞き入れて目を見張る








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