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まだ白い空間に閉じられていた数分前
勇者の影はギリギリに致命傷を避けながら逃げていた
もしくは相手の意思で、そうして長くいたぶられていたのかもしれない


言葉の通りその白い、何処かの神殿の一室には見渡す限り
外部に繋がる扉が見当たらなく閉じられている

そんな場所でまだ
いつか果てが見えるだろう鬼ごっこが、勇者の影の体力の尽きるまで執り行われていた




「幾度主人公の姿を目に入れた」


「…っ、知るか」


「幾度眼差しを合わせた」


「っ、ぐ…!」



「幾度名を口にした」


執拗に、一つ大剣で斬り込む度々に鬼神はそう問う
一つでも斬撃を自分の黒剣で受け止めようものなら
凄まじい力で軽く弾かれ、酷い隙ができてしまうのはもはや実証済みだった




「嫉妬深い、…にも…程がっ」


「口を開けてくれるな、耳に障る」



鬼神の放つ一振りが
勇者の影の退いた後の白床に鋭く大きく美しい亀裂を生み
同時に衝撃音がその場を震わせ烈風を発する

そんな天災のような攻撃を左腕だけで巻き起こすのは流石、神と自称するだけはある
だが勇者の影は素直に感心する反面でかなり焦っていた

単純な頭で考えても
神と喧嘩をして生きていられるわけがないのだ




「其の姿も、目障りだ」


「なら目を瞑っていろ」


「黙れと言っている…勇者の姿を奪い、卑しく主人公の心内に付け入ろうとは…影の分際で」



「何のことだ」



鬼神が勇者の影に言葉を吐き捨てる
その間だけが彼の休息時間だったが
頭を休ませないような、引っ掛かることを言われる
百歩譲って影の分際と言われることを認めても他は解消されない

勇者の姿でいることが主人公に付け入ることになど繋がらないと勇者の影が解っていた
主人公と勇者は赤の他人である、それを知っているからだ



しかし思い出される囁き
痛みに震えながら勇者の名を呼び続けていた女は紛い無く主人公だった










「主人公を癒すのは御前では無い」










それを最後に鬼神が喋ることを止め再び身長程もある大剣が構えられる


しかし何の前触れもなくそれは起こった

急に空間のど真ん中に扉が現れたのだ
柔らかい緑の光を隙間から放ち
何処かに繋がっている気配がある
そしてその向こうから微かに、憎たらしい仮面の男の声がした



しめた、と思い付く瞬間に勇者の影の足が一直線に駆け出す



「時の神殿か…」


何か興醒めした風に鬼神が呟く
勇者の影が扉を転げながら潜っていき
直ぐにそちら側から閉められた

鬼神はそれにゆるりと近付き扉の取っ手に左の指先を伸ばす
だが何か見えない力が反発して鬼神が触れるのを許さなかった



目を細めた銀髪の神は
気を損ねて二度ほど、扉を刃で殴る
どちらもやはり跳ね返され
間もなく扉は元の空気に戻った





























主人公を背に隠し立ち塞がるクレの顔に勇者の影は見覚えがある
一度主人公をかっさらっていった二刀流の男のそれと同じだったからだ




「エレと言ったか…貴様、何のつもりだ!」


「ちょ、勇者の影待って!!」


鋭い音を立てて勇者の影が黒剣を抜く
紅い瞳に完璧に敵意を見せて突如クレに斬りかかった
クレは主人公の身の安全をしっかり確保しながら回避し
自身も短い二刀を構えた


勇者の影が消えた場所はアクタの記憶が見せていた褪せ森
そして戻ってきた現在は何の偶然か森の中の聖域
更にその時まで戦っていた影の世界の青年が目の前にいるように見えるので
色々と大きな間違いをしていた




「主人公様に危害を加えるならば、敵と判断します」


「貴様は最初から敵だろうがっ!!」


「勇者の影!止めなさいってば!」



狂暴な剣を受け流すクレの背後で主人公が慌てている
どうにか勇者の影を止めようと二人から付かず離れずの位置にいて
油断すれば一太刀浴びそうな所だがクレがそれをさせまいとする方向に勇者の影の剣が流される

クレは本当に勇者の影を敵と見なすと
突き向かってくる黒い剣の切っ先、その狭い面積に短剣の切っ先をぶつける
力をどの方向にも殺された勇者の影のそれは動きを止められ
クレはもう一刀を勇者の影の額に降り下ろす






「クレ!止めて!」




ピタリ、とクレの短刀が数センチ手前で止まる
ついでに勇者の影も、クレの腹に蹴り入れようとしていた足を止める

そうかと思えばクレは俊敏な動きで主人公の前の地に跪いて控えた


やっと止まったかと主人公は深く息を吐き出す
まさか暴走した勇者の影を圧倒して押さえるほどにクレがこんな反撃を開始するとは彼女の予想外であった




「勇者の影、この子はエレじゃなくてクレ、味方だから」


「味方だと…?」


「そ、だから仲良くして、はい握手」


紹介されたクレは立ち上がり勇者の影に再度向かい合い
主人公が二人の間に立つ

しかし促されても勇者の影が顔を横に向けて拒んだ
たった今本気で斬りあった相手と急に仲良くなれるわけもなければ、握手など彼の柄ではなかった

主人公の溜め息が聞こえる前に
彼女は遠くの方でムジュラがマスターソードで遊んでいるのを発見して叱りに行く

主人公が二人のもとを離れると
勇者の影はクレの無表情に睨みをきかせた







「貴様…俺は認めないぞ」



「……」




冷えきった流し目でクレが勇者の影を見た
それはこちらの台詞だ、とまるで言っているように

敬意の剥がれた彼の表情は一瞬の風に流される
クレは素早く主人公を追い掛けていってしまった



勇者の影は心中沸々としながら
段々とこの場に近づいてくる邪悪な気配を肌で感じ取った







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