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例えるならイノシシ
一度走り出したなら前方にどんな障害物があろうとなぎ倒して猛進する

しかしいくら巨大と言えど、ギブドの一種である彼が
そんなに素早く走ってこないでいただきたいものだ
加えて処刑場のクネクネ曲がる通路の壁まで、手に持つ大剣で破壊して
無理矢理直線のコースでやって来るのでイノシシよりも随分悪質だ




「カミくれぇぇーィ!!」

「紙は無いわぁぁー!」



通路の破壊音と一緒に迫ってくるギブミーから主人公は逃げていて
彼女の後ろにペースを合わせて、頭に二、三のコブを作ったクレが走っている
クレは走りながら器用にも、また影を背負って落ち込んでいた
それを主人公の頭の上から仮面が嘲笑う




「そのカミじゃなイェエーイ!」

「髪だって上げられないっての!!」

「そのカミでもなイェエーイ!!」


何だってそのギブドはそんなにテンションが高いのか
更にしつこさも備えたそれは
彼の相棒が言うような、超欲しがりなんて言葉では片付けられなかった

紙でも髪でもないカミを欲しがって自分を追い掛けてきているということは
それを考えて主人公は嫌な汗をかく

光の世界に帰ってきて早々にそんなこと思い出したくもないのだが
彼はガノンドロフの刺客ということなのだろうか



ギブミーはヒョロヒョロに見える長い腕で錆びた剣を振り回し
中々疲れを見せずに走る主人公の前方にそれを投げつけた




「!!なっ」


「主人公様!!」


通路の先の天井がその衝撃で瓦礫となって崩れてくる
思わず足を止めてしまった主人公にクレは叫び
降ってくる瓦礫から庇うように体を伏せられる

急な事に体を下に打ち付けられてしまった主人公だが
今回は本当に助けられてしまったので彼を咎めはしなかった




「けほッ、道…塞がれた」

「お怪我はありませんか?」


「無いよ、ありがと」



言って主人公が彼を見上げる前に
クレは立ち上がり、倒れてしまった主人公を立たせるのを律儀に手伝う

砂埃が舞い上がった中
壁を破壊して追いかけてきた足音も止む
ギブミーが二人に追いつき
甲高くイェエーイと叫んでいた




「主人公様、自分にお任せください」


「え、倒すの?逃げた方が早いと思うんだけど」



道が塞がれたにも関わらず主人公は逃げることしか考えになかったようで
どうにかギブミーの脇を抜けて少し通路を引き返し別のルートを探そうとしたらしい



「二分、お待ちいただければ始末いたします」


「二分って!?…いくらなんでもそれは、ちょっと見栄張ったでしょ」


「…訂正します、三十秒お待ちください」



「マジで?」



あっけらかんとアホな顔をして主人公は問い返す
本当に指折り数えるよ、と添えても
違う方向に訂正したリミットを撤回せずに
クレは深く一礼し、組んでいる腕を解き短剣を構え出した




「い、…いーち…」


主人公が一つ、数え始めた声を皮切りに
クレが姿を消す

あまりの速さに、青い彼の髪の残像が
稲妻の走る筋に見えて
早速主人公は二秒目を数え損ねそうになった

すっかり肉の溶け落ちた土色の頬の皮が
劣化した包帯の隙間から見える
それが何か言おうと口を開く
ギブドにしては掠れていない声で、か、と聞こえる
次の音を発するのに口の形が変わる前に
クレの一刀が大きな屍の右腕の付け根を切り落とした


「よーん…」


右腕と一緒に鉄錆びまみれの大剣が下に落ちて
大きな音が通路に響き渡り壁の灯りが大きく揺らめく

ギブミーは苦痛を絶叫するよりも前に、み、と音を出す
恐らくは飽きもせずにカミをくれと叫ぼうとしたのか
そんなことは最早関係なかった


クレは壁や天井を蹴り移動して
ギブミーの膝の間接の裏に二振りの短剣を突き刺す
同時に彼が何かを呟くのに反応して
その刺し口から青い火花が散りそこが炎を飛ばして爆発した





「な、な…」




ギブミーは膝から下を失って後ろに倒れて、その際にも背中から壁を破壊した


爆発の余韻でシューという音が未だある
それから何処からとも判断しがたい瓦礫が少し転がる音も

未だピクピク動くギブミーの足から青い炎が上っていき
鼻に入る臭いは最悪だった


主人公は半端に小指と薬指だけを立てたまま固まり
気付けば自分の目の前に戻り膝を着いて控えている男を見下ろした




「七秒…」


「はい、予定と異なってしまい、申し訳ありません」


「うわー…なんて嫌らしい謝罪」


「申し訳ありません」



今一度謝罪をして顔を上げたクレの表情は一見して無味乾燥だが
気のせいかほんの少し誇らしげに見える



「ソンナの、オレさまだって出来ルしぃ」


ムジュラがツーンと素っ気ない声を溢したとかしてないとか






「ウグゥ…ゥ…」



声を出したのはギブミーではなく
塞がっていない通路の方向から

主人公の体の緊張が走り透かさずギブドのお面を被る
クレも武器を収めず続けて構える




「だ、誰!?」


「オレオレ」


「あ、ギブアップ」




ソロソロと申し訳なさそうに、両手を上げて
先程別れたばかりのギブドが近付き姿を見せた

たった今のギブミーへの容赦無い攻撃を見ていたのだろうか
まるで自身にもそれが降りかかることを恐れて
降参の意思を示しているようだった


「相棒生キテルカ?」


「あーごめん、かなり痛めつけたわ」


「イヤ、別ニイイ…死ンダラ死ンダデ、オレラ、本望」


「死ぬのが本望なの?」


随分と薄情なことを言うものだ、と主人公は首を傾げてみる
ギブアップは巨体横たえるギブミーの側に腰を下ろして
腹の辺りの包帯の中をまさぐりそこからワインの中ビンを取り出して床に置いた
中身が減ったらしい彼の腹部の包帯が少し凹んで見えて
嫌な想像をした主人公は悲鳴を上げそうになった




「オレラ、元々ハ記憶ダッタノニ、魔王ガ無理矢理コッチニ連レテキテ、コキツカウカラ、モウ疲レタ」

「ガノンドロフが?」



ギブアップは主人公に肯定して一人グビグビと酒を飲み始めた
死者ゆえに手元が覚束ないのか
生前から飲み方が汚いのか分からないが
紅紫の水が口から溢れて喉から下の包帯を染め上げていた



「駄目ダ、相棒ト飲マナイト不味イ」

「それでギブミーを探してたの?」

「モウ今ハコレシカ楽シミガナイカラ」


「それはそれは…何か可哀想なことしたかな?」


主人公#は白いお面をしたままクレに振り返る
しかし彼には会話の全容が聞けないので返事に困っていた

何の前触れもなくまた瓦礫が小さく崩れる
微動が段々と大きくなるのを最初に気付いたのはグッタリした気分のムジュラの仮面だけで
声に出して知らせるのも億劫だった仮面は沈黙を保つ

壊され過ぎた通路は次の瞬間
足元の石畳が下方に剥がれていく
その場の全員は一人残らず足場を失い、真っ逆さまに落下した







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