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光の世界、ハイラル王国の最西
砂漠の処刑場の上空で空間の裂け目が出現したのを誰も知らない

陰りの鏡の無い筈の祭壇、それにも関わらず
そこに突き刺さる黒壁の中心が不自然に空気を吐き出し始め
程なくしてそこから、人型のムジュラと、荷物と、それから主人公が、果物の種が吐き出されるようにして飛び出してきた




「うぎゃ、ーっと着地!!」



主人公はヒラリと宙で二、三回転して見事な着地を決めた
減点のしようがない見事なそれだったが
荷物に押し潰され倒れていたムジュラは目撃しなかった


「ムぅー、、この荷物ジャマだヨぉ」


「じゃームジュラの魔法でどうにかしてよ」


なんとも依存しきった悪い例のような返答をする主人公に対して
ムジュラはグダグダした態度を改めずに、未だ倒れたままやる気の無い声を上げていた



「ナンか、やっぱり…ボク、疲れたカモォ」


「何言ってんのよ、ほらほら、こっちでも丁度朝焼けが見えるじゃない」


主人公は桃色に染まり始める、遠くの東の空に喜んで
上層の端っこまで少し早歩きに向かっていく
太陽もまだ頭を見せない時間、だが影の世界よりもやはり光が多い
主人公の肌に馴染むのはこの世界の空気だった
それなのにムジュラときたら何をそんなにだらけきっているのか



「あーアー、…うー」


「ムジュラ、何か調子悪いの?」


「んーン、カラダが重い、気がスル」


「魔法使えない?」


「主人公が、ギューってシテくれたら、使えソウ、ニシシシ!」


「元気なのね、了解」



ちぇー、唇を尖らせて立ち上がったムジュラだが
やはりその様子はどこかおかしい
足元が覚束ないでふらついている
平衡感覚が狂ったのではないかとも思えたが、別段、ブラックファントムナイス号の影の道は不快なものでもなかった筈だ

これではムジュラの魔術は当てにしないほうがいいのかもしれない
そこで主人公は処刑場の、下の方を見下ろして何か嫌なものを思い出した

下の砂の海と、彼女の足場はかなり高さが違っている
帰るにしても必ず処刑場を降りていかなければならないだろう
魔法でさっさと移動することを期待できないのなら、つまり処刑場の内部を戻って行くしかない

ということは





「ま、また、肝試しツアー!!?」



思い出してしまった、生ける屍達の犇くあの光景を
主人公は頭を抱えて声にならない叫びをして平静を失った

色々と戦線を乗り越えてきたものの変わらない物はあるのだと痛感する
ここは無理をさせてでもムジュラに瞬間移動を要請したい
しかし振り返ったところで彼女が見た彼はもう動くことも諦めたとでも言いたげに仮面の姿になっていた



「ムジュラ!助けて!!」


「グむー、助けテモさぁ、主人公からゴ褒美ナインでしょ?」


ここに来てそんな知恵を身に着けたムジュラは
ずっと気乗りしない声を出すだけだった

己の欲望みたいなものに忠実になりつつある彼は以前より扱いづらく主人公はまた頭を抱える
ここで勇者の影が居たらと、少し考えてみる
きっと勇者の影なら色々と怖いもの知らずな態度で
ズカズカと無遠慮に蹴散らしながら処刑場を抜けていきそうだ
それなら少し恐怖が伴ってもまだ無事が保障されそうなものだ

しかし残念なことにその勇者の影の姿はここにない





「あー、そうだ…勇者の影のこと、どうしよ」




すっかり忘れていたという顔で東の空を見てみる

確信はないのだが影の世界に置き去りにしてきたという気はしない
ちゃんとすぐ側に、しっかりついてきている感覚がある
どうやって戻ってきて貰おうかと考えてもいい案は浮かばない

そうしているうちにすっかり眩しい陽が顔を出してきた
主人公の影が長く、傾きを変えていく













「そのことでしたら、自分が助力できるかもしれません」













抑揚の無い声が主人公のすぐ背後からした


今度の予感は、殆ど、悪いものではなかった
















「クレ、何してんのこんな眩しい所で!」







影の世界で出会った男が、朝日が差し込むこんな場所に
何もかもいつも通りであるような、普段の無表情をして
ぴっちり姿勢を正して立っていたのだ

主人公は口の締まりをゆるゆるにして彼に問いかける
信じられないことなのだから仕方が無い
ムジュラがふざけて魔法を使い、化けているのかもしれない

しかしクレは主人公の言葉を聞くやいなや機敏な動きで彼女の前に跪き頭を下げた
これは間違いなくあのクレなのだろうと判断するに足る完璧な動作だった



「影の一族の長より命を受けました、主人公様の旅に同行し、見届けるようにと」


「主人公…さま、って、…てゆーかいつの間にこっちに来てたの!?」


「失礼ながら貴女様の影に宿らせていただいておりました」


「ミドナめ、…やってくれるじゃないの」


終始自分を見下ろしては笑っていたミドナの顔を思い浮かべた主人公は
してやられた気は否めないながらも、こんなサプライズに悪い気はしていなかった



「この任、果たさせていただけるでしょうか」


「ま、いいよ、君が一緒だと何かと都合よさそうだしねー!」


クレは顔を上げる
ニンマリした笑顔が跪くのをやめるように促すのでそうする
立ち上がったクレは今一度、深い礼をした




「クレツェアと申します」



「クレ、?…あ、本名…?」


「今この時より、この命、主人公様の御手に捧げます。何なりとお使いください」



堅苦しい挨拶を済ませて、青い髪を揺らし頭を上げたクレに
よろしく、と主人公が気軽に手を差し出せばさっそく
忠誠心の塊のような彼はあたふたして、どうするべきか困惑した

果たしてこんな調子でやっていけるのか
そこまではあまり主人公の気になるところではなかった






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