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「場所は…?」


「えーと、じゃー砂漠の処刑場の…」


「陰りの祭壇だな?」


広場の中央、ブラックファントムナイス号はそこに立たされて
四つの足元に伸びる彼の影の側にミドナが膝を着き
それを縁取るように何か読めない文字で陣を描いていた
文字は彼女の指先から現れる青く細い煙で成り立ち少し揺らめいている

族長の彼女が自らそうするということは、他の者には任されないか許されないかの作業であるらしい
全てを書き終えたミドナは立ち上がり主人公に向き直った



「オマエ達、この世界に来るときに出口の位置指定をしないから変なところに落ちたんだろ」


「位置指定とか…そんなの知らないよ、陰りの鏡っぽいので来たから大丈夫かと思って」



ミドナは呆れを通り越して笑う
こんな無茶をする、明るい男を少し思い出したからだ

主人公は影の民から餞別に受け取ったこの世界の特産品やら呪いグッズやらがあふれるカバンを抱えて
そのぱんぱんのふくらみの向こうから彼女に笑い返した
きっとミドナの笑いが、とんでもない度胸への賞賛だと思い込みでもしたのだ


「オマエが何のために、リンクを探しているのかは知らないが…まぁ頑張れよ」


「手がかりが無くて残念だったけど、ね」


主人公は肩をすくめて
自分の言ったことを改めて思い返して気分が沈み
溜息を吐きそうになるのを堪えた






「この世界の為に色々、してくれるとは思わなかった」



ミドナが燃えるような色の眼を、細めて主人公を見下ろした
主人公は何のことかと背の高い姫君を見上げ返すが
荷物の重さにひっくり返りそうでよろめいた



「自分以外のことに興味も無さそうな人間に見えたからな、主人公、オマエのことだ」


「え…、あ、そ、そう?」



そんな薄情な人間はいったい何処の誰だろうかと、とぼけて辺りを探す主人公にミドナが真剣な声色を出したので、主人公も慌てて聞き返す

確かにそんな自分の性格を、主人公は承知していた
自分以外のこと、というよりも現在は旅の目的以外をどうとも思っていなかった
だがもうそれも現在のこととは言えない

そういえば何故この世界を救うことに躍起になっていたのだろうと主人公は不思議に思った



「でも、…いや、ありがとう、主人公」


「ど、どう、いたしまして…?」



ミドナが手を差し出し、主人公はぎょっとしながらも、そろそろと手を伸ばす
半ばまで伸びて躊躇した光る手は冷たい手に捕まえられて、握手になる

じっと触れていると、ミドナの手がじわじわ焼ける音と、煙が上がる
それでも二人の手は離れなかった




「どういたしまして、…ミドナ!」




























闇に呑まれた跡が消えない低地の景色を見下ろしたムジュラが
また意味の分からない涙を零していた

意味が分からないのはそれを見る他者も、それからムジュラ自身も
何故泣いているのかは分からないのだ

しかし泣きたい気持ちが心の奥にある
手のひらの、指先の、肘の裏側の、皮膚のすぐ下がザワザワして
へその上や、喉の近くやらが落ち着かないで

涙が、雨でも降らす勢いで流れてくる
だが嗚咽は抑えるまでもなくやってこない




「何泣いてんだよ、ガキが」



エレが吐き出す声にムジュラが振り返るより先
黒紫色の髪のてっぺんに広い手がのせられてまっすぐのそれをわしゃわしゃと乱した
別に自分に泣いているつもりの無いムジュラは、そんな慰めの手を睨む



「別に、ボク泣いてない」


「泣いてないって言い張るならせめて拭けよ」


「タブん、記憶ノヤツが、泣いてるンダ」


「…そんなの分かんのか」


ムジュラはエレの手を払いのけて長い袖で目元をゴシゴシ擦る
それでもまたじんわり滲み出る水気は下の睫毛も意に介さずさっさと零れていく




「何か喜んデる、あとゴメンって言ってる」


「何?」


「オマエらにそう言ってル」


「アクタの記憶ってヤツは…感情なんてあったのかよ」



エレが少し複雑そうにムジュラの顔を盗み見る
ムジュラは変わらず向こうの方を見ている
地平線に、もう黒く渦巻き犇く闇は無い



「考えもしなかった…ただの災害くらいにしか…」



自分の愚かさを少しでも認めることは、この男にとっては珍しいことだとか
やはりムジュラには関係ないことだった


彼らにゴメンと言いたいのは、その身に宿した魂か
はたまた己の隠れた良心か
そればかり気がかりでいた






「ムジュラー!帰るよー!!」




離れた所から主人公が大声を出して彼を呼んだ
ムジュラは素直に大きく返事をして
エレの微妙な心理などお構い無しに彼女の元に駆けていった



「変なヤツ、結局アイツは何だったんだろうな」


エレはしばらく考えたが
そんなことを考えている自分が馬鹿らしいという結論に達する



「ホント馬鹿ですねエロさん」


「ドリュー、…テメェはっ、今まで、何処に、行 っ て や が っ た ん だ!?」


突如現れた部下にエレは肩を震わせて怒った
何かここ最近溜まった鬱憤を全て晴らす勢いで怒鳴ったのだが
ドリューの方は余裕で耳に指栓をしてやり過ごしていた



「いや、エロさんの方が、何してたんですかホント、いい年して反乱戦隊シャドーマン遊びとかやて」


「テメェは何でそう俺の全てを台無しにしてくれるんだ、マジ死ね、それから名前もいじるな」


「アタシは救難で大忙しだたですよ、ホントもう一人で頭打て反省してください…それよりクレさん何処に居るかしりません?」


「あ?クレ、居ねぇのか?」



エレはいつものあの男のポジションとも言えるミドナの側を遠目に見る
しかし姿は無く、役に立たない、とエレは更にドリューにぼやかれる























たくさんの声は一つ一つを良く聞けば別れを言っていたが
どれも交じり合ってザワザワとしか聞こえなかった
今までに無いほど群集が一塊に、言葉も心もそろえて見守っていた

主人公は荷物をムジュラに押し付けて最後にミドナに別れを告げる






「主人公、リンクは何処にもいなかったのか?」



「え?…ハイラル全土、探したけど?」





去り際に、もう片足をブラックファントムナイス号の下の暗がりに突っ込んだ所でミドナがニヤリと続けた



「オマエがまだ探してない場所がある、ハイラルに近くも、もの凄く遠い場所だ」


ムジュラは主人公よりも真っ先に黒馬の下に飛び込んで、もう頭も見えない
自分の下で何かが起こっているのを嫌がって少しブラックファントムナイス号が前の足を踏み鳴らし影が波打った



「な、何でそーゆうこと今言うのーー!?」



文句を投げつけるとミドナは堪えきれずに高笑いした
それはもう光る人間の体が別の世界へと姿を消す刹那で
主人公の威勢のいい声を何か景気のいいものと勘違いした影の民が一斉に叫んだ
それはよく分からない異国の言葉で
彼らは歌うように、奏でるように、美しい声でもう会うことも叶わないような客人を送った





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