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空が暗かったのは先程までのこと

ムジュラが見上げた今の空は
黄昏に似た暁の燃色が染み渡っていた

込み合っていた群衆の姿は一人残らず広場を後にして
宮殿内の仮住いに戻り宴会のような騒ぎに興じていたので
そこは夜明けを迎える朝の空気を沈ませ静まり返っている





「ムジュラ様」



「…オマエ、誰だっケ」




宮殿への入り口の方向から
ゆっくり歩みよってくるクレに人の姿でいるムジュラは振り返る
ムジュラの目からは二、三筋の滴の跡があり
何かを泣いていたのはクレにも分かったがそれを問う前にしっかりとムジュラの質問に答えた



「自分はクレと申します」

「フーん」


ムジュラは興味が無さそうに空に顔を戻し
遠慮なく流れ続けている涙を気に止めずそのままにしていた
腰を下ろし足を投げ出している彼に対してクレは隣に膝を折って座った



「御変わりはありませんか?」


「オカワリはもう要らないけどォ?」


「いえ、…過度に力をお使いになっていらっしゃったので」


「ニヒ、凄いデショ、ボク」


「はい、あれほどの闇を取り込み制御する魔力を持つ者は、一族にもおりません」


それ以前に影の一族以外の者が魔を操る力を持っていることすら考えの外で
光の世界と言うのは話に聞くのとは違うものなのかとも思い直すクレに
ムジュラは当たり前のように、はたまた小馬鹿にするように言い放った






「ダってボク、オマエラのゴ先祖だもん」



「そうですか…それなら」


それなら高い魔力を持っていて然るべき
と続けられるはずの言葉は
理解の速いクレの頭が声にするのを遮った
何だかとてつもないことをサラッと聞かされた気がした
恐らく気のせいではないのだがクレは思わず聞き返すために再度口を開く

だが今度は別の声に遮られた




「仮面のガキ、此処にいたのか」


「もうガキじゃナイんだけド」


ドカドカと大股でやってきたエレがムジュラの隣に立ち親指をクイッと宮殿の方に指した



「あの女が呼んでるぜ」


「主人公?ナンで」


「知るか、中で待ってんぞ」


「嫌だから外に来タのに、アイツらボクに群がってクルんだ」


うんざりしたような台詞に合わず声も表情も満更でないまま
ムジュラは跳び上がり宮殿の中へ駆けていく

同じ顔の二人がその場に残されて数秒
何の為か分からない間が空いて気まずさを覚えたのはエレの方で
とりあえず彼は少しの距離を保った所でクレの横に座った



「もう動かれても大丈夫なのですか」


クレが先に口を開くとエレは同じタイミングで開いていた口を閉じて舌打ちに変えた


「テメェが言うか、それを」


「申し訳ございません」


「それより俺の処遇聞いたか?」


「無罪放免、と聞き及んでいますが」


「ありえねぇ、マジありえねぇ、何考えてんだ族長はよ」


「罪を忘れないのならば、心身を一族の為に捧げ、陰りを永遠に支える義務があります」


「甘過ぎだっつーの…馬鹿にしやがって」




































ムジュラがエントランスに入るとその途端
避難の身も忘れて騒いでいた影の民が一斉に彼に振り返る

柄にも無くムジュラは怯み
どの目に対して見返せばいいのかも分からずうろたえる
それからすぐに民がムジュラの元に駆け出して群がった

奇跡を起こしたムジュラを英雄か、救世主かと祀りたてて
幾らかでも恩恵にあやかろうとしてベタベタと体を何本もの手に触れられてムジュラは喚いた



「サ、触るナ、っちョ、主人公ーー!!」


「オマエ達、それ位にしておけ」


宥める言葉を言いながらも、表情はクツクツと愉快そうにしたミドナが奥から現れて群集ははけていく
側に主人公も居て、何故だか落ち込んだ様子でがっくり肩を落としていた



「主人公、呼んダ?」


「呼んだ、ムジュラ…あのさ、帰り道が無いんだって…」


「エ?もーカエルの?主人公此処に何しに来たノさ」


「いや、ノリで…あとついでに勇者を探しに」



そんな理由を何の躊躇も無く零す主人公にミドナは苦笑を漏らしたので
結局誰にも突っ込まれずに終わるが問題はそこではなく
勇者が居ないと分かれば早くにこの世界からお暇したいところなのだがそれができないとミドナから聞いたらしい



「陰りの鏡で開けた道も私達が来て直ぐ閉じちゃったらしいし、ポータルってのを抉じ開けるにも光が足りないらしいし、…はー」


「ん…、ネェ何か…でモ外に」



ムジュラが何か独り言のように小さく呟いて主人公から出入り口の扉に視線を移した
何があったのかと主人公とミドナが視線を同じ方向にする前にムジュラは主人公の手を引っ掴み外に駆け出した



「む、ムジュラ!何ごと!?」


「だッテ、ハイラルの風が吹いてたノ、主人公分かんなかッタ?」



外に出てみてもそこは変わりなく宮殿前の広場だったが
普段通りで無いのはやはりソルが据えられていないことと

それから黒い塊が二体、エレとクレの足元に転がっていたことだけだった




「あ?何だよテメェら」


エレが振り返り何事か慌てたように出てきた主人公とムジュラに怪訝の目を向けつつ
足元に転がる黒い塊、もといファントムガノンの両足を剣で切り落として霧散させていた
ファントムガノンは馬鹿な、としきりに叫んだ



「え、ファントムガノンじゃん…何してんの」


《貴様らぁぁあっ…、虚仮にしおって!!》


「うるせぇ雑魚!」


「しかし、あの吸引から逃れた闇もいたとは…先も油断はできません」



と丁寧に短剣をしまい両手を組むクレの足元には、逃走した筈のブラックファントムナイス号が世にも恐ろしい物に出会ったかのように怯えきって倒れていた
どうやらムジュラの取りこぼした二つが襲撃に来たのをこの双子がサクっとのしてしまったようだ

エレはどうしてこんな奴に一時でも苦戦していたのかと腹立たし気に剣を突き立ててファントムガノンの頭を潰し
魔王の影はサラサラと黒い粒になり流されていく
その瞬間に確かに主人公も風を感じた、懐かしさを覚える風を



「クレちょっと待った!!!!」



クレの方も黒馬に止めをさそうとしていたらしく手をかざしていたが主人公の必死のストップに動きを停止させた
何だ何だとエレはガンをつけて彼女に文句を言いたそうにしたが
主人公の目はそれどころではなく黒馬を見下ろしていた




「ブラックファントムナイス号って、この子、ちょっと…あー…やっぱり覚えがあるわこの感じ」


「ドウしたの?…あ…」


「如何なされました」


「何かあんのかよ」


理解の外に置かれて問いかける二人を他所に
ムジュラも主人公も、どうも何かに気づき、そして少しうんざりしたような表情で馬の側にしゃがんだ




「いや、ブラックファントムナイス号が…てゆーかちょっとやっぱりこの子名前長いわ」


「だからそのブラットファングナイス…じゃねぇ…ブロッケンナイスガイ…でもねぇな」


「ブラックファントムナイス、ですね」


「そうそれだ…つーか名前なんてどうでもいい!ソイツがどうしたって言うんだ」


「いや、この、ブラス君の…影が…」


ちゃっかり略称で呼びつけたその黒馬の下に
微かに暗く染まる地面、彼の作る影を指し示し
主人公はそこに指先を触れて見せる

影の面は水のように波紋を作り、更に手を進めるとトップリと黒の中に、手首までが浸かった




「どーも、光の世界に繋がってる、みたいな?」




揃いも揃った間抜け面が並び
ブラックファントムナイス号が一つ嘶いた







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