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宮殿前の広場には再び民が輪をつくるようにしてわらわら集まっている

中心にソルは無いのだが、代わりほどでもない光を放つ人物が立っていた




「かなり、期待されてる感じ?」



主人公はソルの据えられていた窪みの傍に立ち
ゴシップな精神を忘れない影の民達に顔を引きつらせた



「不安もあるのでしょう」


クレがまた更に主人公の横に立って行儀を良くしている
彼女の手にはヒビの一つも消えた仮面があり
それは平生通りに妙な笑い声をもらしていた



「ソンでボクは何スレバいいノ?」


「私が記憶を取り込むのを、助けて欲しいんだけど」


記憶を取り込むなんて、勇者の影でもあるまいし
空を掴むような話だと主人公も思う所だが
それがこの世界を、あの記憶たちを救う唯一だともほぼ確信していた



「何故、そうすることでアクタが消えると?」


クレもやはり他の民と同様に些かの不安を持っていた
それに対してもやはり主人公は得意気に説明する



「アクタの記憶は、消えないで、もっと生きていたかったんだって」


主人公は遠くの地平線まで広がっている黒い海の光景を思い出して
そこに居た彼らの表情を思った
アクタは誰にも知れらずに消えていくことを恐れた魂が
闇の中を仮宿とした結果広がっていった存在だった
だからこそ主人公はこの結論に至る

記憶と会話しようなどという人間が居なかったために
そんなことを言い出した主人公に内心だけで驚いたクレは彼女の言葉にじっと耳を澄ませていた
主人公はまた一段と自信満々に、知ってる?と言葉を繋いだ
それはクレと、ムジュラと、声が届く限りの野次馬たちに向けていた




「誰かの心に刻まれたら、ずっと一緒に生きていられるんだよ」




主人公は綺麗に微笑んでムジュラに向き直った











「…それ、主人公が全部タベルの?」


「まー、勇者の影風に言えばそうね、食べる」


「フーん…、ズルい」


「へ?」



ムジュラは少し腑に落ちない声を出して主人公の手から逃れ浮かび上がった
何がずるいのか意味が分からないで仮面を見上げると、キヒヒと笑い声がふりかかる




「ボクが、全部欲シいな」


「え…何で?」


「なンデも!!ダッて全部欲シイって言うンだもん」


「誰が?」


「サァ?」



ふざけているのか、と思えるような言葉も恐らく全部本気なのではないかと
主人公が思い直したのは、とても一人の人格だけでは済まされないようなムジュラの性格を知っていたからだ
何か知らないが素直に感じたことを言っているのならば
無理に、何十年、何百年とも分からないで蓄積した記憶達をたった一つの自分の心に詰め込むこともないだろうと思って譲歩しようとする、その前に


「あ、ムジュラ!?」


ムジュラはクルクルと仮面を回転させて高い空に昇り
それからあらゆる空気を吸い寄せるような突風を巻き起こし始めた


何事かを全く知らされていないで立ち会っている群集は惑いざわめき
悲鳴もそこかしこから上がるのが聞こえているが誰も逃げ出そうとはしていなかった
アクタが消滅するなどという歴史的瞬間をそれぞれの目に焼き付けようとムジュラの仮面に皆注目していた


低地に隅々まで広がっていた闇色の海は徐々に蒸発するように霧となり
次第にムジュラに突き刺さっていく雨の如く吸い寄せられていく
各々の好き勝手に降り注ぐのとは違う黒い雨が
もはや黄昏を過ぎ暗くなっていた空をかき消す
そんな光景が数十分と続いてやがてそれが止む

広々と、果てしなく続いていた筈のアクタの闇は、その一滴まで全て
ムジュラの仮面に飲み込まれていった





風が止み、同時に動きを止めた仮面が空中から急に落下するのを主人公は慌てながらキャッチする



「だ、大丈夫?ムジュラ…」


仮面は主人公の呼びかけにビクリと震えたかと思うと
急に黒色に染まり、液状化したように波打ち
いくらか黒い湯気を上げた
しかしそれも段々と収まり不気味な仮面の色を取り戻すと
ゲプッ、と何処からか息を吐き出しておとなしくなった




「た、食べた…?」


「ン、…ゴチソウさま」




そんなありきたりの言葉を合図に歓声が爆発した
何度も目を擦ったり頬をツネッたりして現実を確かめ
抱き締めあったり泣き崩れたりと喜びを露にする影の民の声は
不思議な響きの歌声にも聞こえた




「本当に、アクタが…消滅しました」


クレが感嘆し、呟く

黒い闇が消えた後には淡い灰色を放つ更地が広がる
元はそこにあった街並みの全ては最早元通りになることは叶わないが
陰りに生きる者が希望を見出す限り
何も終わることは無いのだと誰もが信じた
























外からの歓声は
殆ど空っぽになった宮殿の中隅々まで響いた
最奥の謁見の間にもそれは僅かながら届いた





「全部が、…戻ってきやしねぇ」



未だ手足を広げて転がったままのエレが言う

アクタに飲み込まれた同胞も多い
生き残った者の心の傷も浅くない
アクタが消滅した
その一つを解決して何もかもが救われはしないと
虚しく呟いていた





「それを分かってるなら、生き残った民を護ってやってくれよ、騎士団長」



床を幅広く陣取る男を横切りつつミドナが言い置いた



「俺は首切られるから無理ですよ」


「そんなことで全ては戻ってこないんだろ?」



ミドナはニヤリと、誰に見せるでもない笑いをして
片隅に散る誰かの血の痕に歩み寄る

それが聞くまでもなく主人公のものであるとミドナが知るのは
その乾ききらない血が薄く光を帯びて床に咲いていたからだった

ミドナはその光の上に掌を当てる
すると乾いた血が潤いを戻し更に床に何の染みも残さず浮かび
ガラス玉程の大きさとなってミドナの手の中に収まった



「それは…?」


エレがミドナの行動を気にして傷ついた体を起き上がらせる
まぁ見てろというように微笑んだミドナがその赤い玉を両手で包み魔力を送り込む
玉は手に余るリンゴ程の大きさに膨らみ放つ光も数段増して輝き始める



「ソルの代わりにもならないだろうが…年々育てていけば大きくなるだろ」



ソルの代わりを果たすには小さすぎる光源が生まれ
謁見の間を照らす

安らぎを与える青白の光ではなく
熱く燃える太陽の光にそれは似ていて
直視するだけで目が痛く
涙が出そうだとエレは思った







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