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誰にも求められなかった子供は
その昔、いつかの紫暗色の空の下、光とは異質とされた世界で
誰もが求める力を手に入れた









「何がホシイ?」



力を得る前と後でその纏う雰囲気の変化を
彼を知っていた者ならば一目で気付く
知らない者でも正常でない空気を放つこの少年を目の前にして
まともに口を開くことから難しいものだった




「永遠の、いのち…と、美を…っ」



大層な座に祭りたてられた少年に答えるために
数段下の床で頭を下げて手を着く若い女は何もかもを後悔したかった
震える唇はそんな心の表れとしてせめて言葉を紡ぐことを妨げる



「アハ、小さくてキレイな欲だナ」



ムジュラの発する音一つに女は丁寧に肩を跳ねさせて
床に着いた掌が恐怖を紛れさせるのに握られるのを自制するのに精一杯だった

女は自分の願いが、余りにもちっぽけなものと思えてならなかった
この子供の中渦巻く数多の欲望を
垣間見ることができる空気を共有したとき
自分の願いの何と愚かしく無意味であることかと知る




「ボクは思うんだケドさ、欲望の蜜がアマイのはボクが食べるタメじゃないノかなぁ」



「は…?」



「きっとお前らハ、ボクに蜜以外をシって欲シイんだろ」



女は意味が分からずに顔を上げてしまう
そこで今一度見た少年の表情には邪気の類いが含まれていないで、笑っている



「オマエ達が花で、ボクは虫?…ねぇボク虫は嫌いだヨ」



「はぁ…私も、虫はあまり」


「だかラねぇ、蜜を食べさせる以外に目的がアルってコト!」



首を傾げる女にオマエ馬鹿だなとムジュラは言う



「花粉がナ、付いてくる、重クて痛クて悲しクて怖クて喉にツマル奴、みーんなボクに押し付けタイみたいだネ」



こちらの意図を言い当てたような言い方に
やはり女は身に覚えのないことで頷かない方に首を曲げた




「ムジュラはそういうのも全部欲しいって言うケド、いつかムジュラはボクになってボクはムジュラのアクタになるから、ヤメテ欲しいんだケド、…」




独り言にしては大きいそれで何か文句をつけているがそれを理解する者も、しようとする者もこの世界にはいなかった
その祭壇と、世界を覆う紫暗色の空が記憶として記しても
それを読み取る者もやはりいないだろう



「アァ、忘れてタ…ナンだっけ、オマエの欲しいモノと、あと名前は?」






























腕に収まった小さい体は
気を失いでもしたのだろうかと主人公が少し心配してしまう程に力をなくして身を預けていた

彼女の矢筒から仮面の欠片が抜け出て浮かび
脳に響かせるような声で小さいムジュラに言う



「お前が自分で望んだカラ、逃げられないんだゾ」


「え?何?」


「何でもナイ、ムジュラに言った、…何かホント悪いけどサ、ムジュラを頼むネ」


「何であんたはそんなに腰が低いの…」



仮面の欠片はひとつ残らずムジュラの手足や頭にピタリと張り付き怪しい光を放ってそこに溶け入った
すると見る見るうちにムジュラの体が成長していき、普段の見知った姿に変わっていく
腕に抱く頭が重くなって主人公はよろけそうになるのを堪えた

そのうちムジュラがもぞもぞと体を微動し始め、主人公はムジュラに呼びかけようと口を開いた
しかしそれはあまりにも間抜けな声を出すことに繋がった



 ムニムニ




「…は?」





 ムギュー





「はぁぁぁーーーーーー!?」



主人公が叫ぶのも無理はないことで
何故かと言えばムジュラの両の掌が間違いなく主人公の胸の膨らみを揉んでいたからだ
いろいろと勢いで彼を抱きしめてしまった主人公はこんな、言ってみれば当たり前だったかもしれない結果を予測できなかった自身を恨み
密着している変態を引き剥がそうともがく



「どっこ触ってんの馬鹿こらーーー!!!」


「ニヒヒー、主人公のココ可愛いなァ」


すっかり元気を取り戻したらしいムジュラは主人公のそんな拒絶にいちいち傷ついたりせずしっかりと腕を回して彼女の体に抱きつき
幸せそうな溜息をしながら胸に顔を埋めてニヤニヤ笑っていた

しかしそれは間もなく上から振り下ろされる主人公の鉄拳の制裁で終わりを告げる



「い、イタイ…でも満足」



シュー、と後頭部から煙を昇らせて謁見の間の床に横たわるムジュラに
主人公は事態の収束を知って肩を撫で下ろした
































キン、と耳に刺さる音の後
床と、それから壁に一つずつ折れた刃が突き刺さり
それの柄だけ握る男は膝を着いた



「…っか、は」


続いて柄を手放し
空いた手を着いて上体が前に倒れるのを防ぐ
何だって素手の奴にこうも連日負けなければならないのか
エレの自尊心はかなりダメージを負って頭を上げて相手を睨む力も出なかった




「あちらも戦いを終えたようです」



クレは前に手を組んで姿勢正しく立ち主人公とムジュラの様子を見てそう言った




「テメェは、化け物かっ、…」


「貴方に貸し与えられた力が失われた為でしょう」


二人の決着がついたのは丁度、ムジュラの戦意が喪失した時と等しい
だがエレが自信を失ってそう言うからにはそれ以前に追い込まれていた状況があると示される
当のクレはそんなことには知らぬ振りでいるのか、ただの鈍感か、謙遜かは分からない



「このムッツリ、が…っ」


そんなことを吐き捨ててエレは床にうつ伏せで倒れる
浅い呼吸と胸の上下が忙しなく続き
クレは無言でそんな様子を見た後
向こうの床に放置されている自分の短剣を眺めた



「おい、、とどめ、ささねぇのかよ」


「……」


「俺は反逆者、姫の敵だ、…排除するんじゃねぇのか」


「そうしたいところですが」



てっきり情けでも掛けているのかと双子の兄を煽る弟は
息を絶つのに歩み寄ってもこない足音に疑問を抱く
そこに立つのは兄弟の縁に何を感じるでもないような男なのに
クレはじっと主人公の方に視線を向けていた
ムジュラに思いっきり殴りかかっている場面だった





「生憎、自分の武器が手元に無いので、出来そうにありません」



「…な」




すぐそこに取りに行ってもよさそうなものだったが
そうすれば主人公が慌てて奪い返そうとするのではないかと無意味にクレは推測した

こんな状況を少しでも予測して、自分から武器を借りたのだとしたら

考えすぎだと思う反面
心の浅い部分にまで何かそう信じたくなる感覚が上ってきている










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