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  ムジュラじゃないと ダメなのに





何が駄目なのか自身分かっていない
未だ小さい姿のままでいるムジュラは
もはや座るべき主を失った玉座にすっぽり収まりながら
小さく傷の無い両手を眺めた


砂漠の地下で完全に失われたと思われた力が
この世界に来て新たな欲望に出会ってからは徐々に回復しつつある
特にエレの欲はとても心地よくムジュラの中に染みて
少年は思わずニヘラと笑う




「何笑ってやがる、気味が悪ぃ」



「失礼ナ奴…ボクの力に頼っテたクセに、サ」



エレがコツコツと靴音を響かせムジュラに歩み寄った
謁見の間を始めとして宮殿の要所はもはや彼が掌握していた
騎士団は皆エレに従い、苦しみに耐えかねた民にも支持され
行政機関の暗枢院に関しては反乱を知るや否やさっさと降服してくれた



「だがテメェは、誰かの欲を集らなけりゃただのガキなんだろ」


「そうダナ、ヒヒっ、ボクは欲が欲シイの」


「だったらさっさと光の世界への道を開かせろ」



命令口調に対してムジュラはニヤニヤしだして玉座からエレを見下ろした
すぐにその願いを実行する様子を見せないムジュラに、エレは嫌悪色を濃くした

光の世界へ入る為の道は族長であるミドナにしか開くことができないと影の者ならば皆了解している
その彼女は今では抵抗をせずに大人しく監禁されているが
頑なに道を開くことを拒み続けていた

それをまたムジュラの力でもってミドナに了承させるべくエレは言うのだが
いくら待てどもムジュラはニヤニヤと笑う




「それ、ムり」


「あ?何だと?」


ムジュラは背もたれをズルズルと下に滑って半ば寝そべるようにしながら
尚も笑いと、エレを見下ろすのを止めない



「オマエがそう望んでナイからだよ、心でゼンゼン嫌がってル」


「なにぃ?」


「オマエ、この世界がスキなんだナ…誰も傷ツケたくないと思ってル、キヒヒ、馬鹿な奴」


「テメェに何が分かる!?」


「こんな世界、守る価値がアルのか?」



守る価値の有無についてエレが考えたことはない
ただそれが当たり前なのだと、心身に染み付いた感情なのだからあえて言うなら価値はある、計り知れないほど
個人的に嫌いな権力者もいるしムカつく部下もいる
唯一の肉親である兄はどこか取っ付きにくいし
不安しか与えない世界の実情でもあるし
だがそれらを見捨てようと考えることこそ価値が無い














「捉えました」





声がしたかと思うと
エレの足元の影が出口となりクレと主人公の姿が現れる



「んなっ!」


「うわ、いきなりエレの目の前じゃん!!」


「仕方ありません、呼び影は対象者の影に移動しますから」


驚き咄嗟に距離を取る主人公と何も動揺など顔に示さないクレに警戒するエレ
先ほどクレのことを考えてしまったその一瞬に位置を捕捉されて二人を呼び込んでしまったのだ



「っは、丁度いいぜ…ポータルを開くのに、テメェの光も必要なんだ」


「え、ソルの刑は勘弁してよ!?」


「エレ、貴方は仮面の片割れを持っているはずです」


「それボクのことダネ」


主人公の方へ剣を抜きビシっと指すエレと
未だその恐ろしい想像を拭えないで慌てふためく主人公と
もはや腕を解いて短剣を両手に構えるクレと
玉座から軽々と跳びあがるムジュラ

役者が揃い踏みしていることを確認した主人公が隣のクレに小声で相談する



「私多分、エレくんと戦うの無理」


「では自分がエレを引き付けますので、その間に目的の物を確保するようお願い致します」


「でも私ムジュラと戦うのもかなり無理」


「…」


何を言い出すかと思ったクレは
敵から目を離すなんて愚かな行為を知りながらも、呆れ返ってどうしても主人公の方向に視線を向けたくなってしまった
見れば主人公はにこやかに両手を前に差し出していた



「でもその、クレの武器貸してくれたら幾らかいい働きすると思うのよ」


「…………………………………………」



矢の無い弓を備えているだけで影の世界に乗り込んできた主人公は
あろうことかこの場面のこのタイミングでそんなことをほざいた
クレの沈黙が長く続いたのは
間合いを空けて立っているエレにもムジュラにもその会話が聞き取れて
同じく全員が言葉を失っていたからだ



「あの…自分に丸腰で戦えと仰っているのですか」


「そんな言い方すると私酷い人みたいだねー」


「……も、申し訳、ございませんでした」



クレは何とも反応に困り
ぎこちなくカクカクした動きで主人公に向かって頭を下げ
彼が使う短刀の二振りを彼女の手に預けた
















「テメェ、本気で素手で俺の相手する気かよ」


「そう努めます」


エレは別段手加減するつもりもなく二剣をしっかり腰の鞘から抜いている
クレはつい溜息を吐きそうになるのを堪え無表情を保ったまま弟の顔から目を離さなかった



「貴方とこうして対するのは…いつ以来でしょう」


「らしくねぇな、クレ…テメェが思い出話したがるとは」


「…失礼しました……姫の敵は排除するのみです」



その後の呼吸も、足を踏み出す調子も、顎を引く仕草も
全てが同時に動いて見える戦いとなる















「ムジュラ…何で小さくなってんの」


「無駄をハブいたから?」



疑問系のおちょくるような口調で最後に小首を傾げて見せるムジュラの
そんな動作一つにいちいち主人公は警戒しながらなかなか重さのあるクレの剣を両手に握り締める
仮面が半分に分かたれて、それを無駄を省いたと称すならば
先ほどのムジュラじゃない仮面が無駄ということとなる
あの名も無き仮面が今までのムジュラの泣き虫的な部分の結晶としたら
今目の前にいる少年はイカれた部分しか残っていないように思える



「会ったら言いたいことあったのに、ホントあんたは厄介なくそガキよ」


砂漠の処刑場から久々に話すことができたと思えば
居るのは普段の変態ではなくて狂気を滲ませるそれで

主人公の言いたいことを聞くべきはムジュラはどこに居るのか全く見当がつかなかった






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