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ソルが消される直前の現場に一人
少年の姿があったのを知る者はなかった
もともと人気の多くない宮殿の前だが当日の早朝はそれが特に極まっていた

黒紫髪の少年の纏うただならぬ雰囲気が何かをしでかしたのか
それとも光の世界からの来客見たさに宮殿内に民が集まっていただけか
どちらにせよ広場には少年の姿以外に無い



一つ据えられているソルはただ義務的な光を放ち
影の民の生きる地を護り
近づいてくる少年の背後に影を作った





「バカな奴、今更こんなノ取り返したいナンテさ」


少年が笑いを堪えもしないで口から飛ばしても
それを不審がって注目する者はやはりその場にいない



頭を持ち上げてソルから視線を移した先の空はまだ淡く燃えている

そんな空と、その下に広がる世界の景色に見覚えはないものの
少年は肌に馴染む空気の生暖かさを遠い記憶の中で知っていた





「コンナ世界、消えレバいいよ…」




 そうすればミンナ幸せ
 
 ソレがお前らの望みダッタろ





影の民には触れることができないソルの球面に少年はそっと手を置く
その箇所からピキっとひびができて、ソルの模様に関係の無い線が無遠慮に伸びていく
ひび割れから強い光が漏れ出してくると
後は自然に、ソルは形を崩していった




「フヒヒ、キヒヒヒ…!」



簡単に修復が不可能な程の破片に分かれた光がその場に少し散らばる
少年はうっとりした目で見下ろして
正気でないような声で笑い
最後に破片の山を無造作に蹴り、姿を消した


その後間もなく広場は騒然とすることになる



































ミドナに逃がされた形で、宮殿の屋上らしき場所に立つことになった主人公とクレは
宮殿のいたる所で、謁見の間のような争いごとの騒ぎが起こっているのを耳で感じた
それは騎士団によるものだけでなく、民衆がエレの意思に賛同し光を求めた故の反乱の拡大だった



「私達が逃げても意味無くない?」


「姫が無意味にこのようにしたとは考えられません」



本来ならば反乱軍の標的はなんとしても死守するべきところ
ミドナを敵とする者達に攻め入られて尚も逃げ出さないとは、随分と肝が据わっていると主人公は感心した
しかしミドナが意図的に自分とクレを逃がしたと考えるならば取るべき行動は決まっていた



「アクタを消すことを優先したかったとか?」


「はい、最早この反乱の中、姫の言葉に耳を傾ける者は少ないでしょう」


「結構さっくりそういうこと言っちゃうんだ、自分のご主人に対して」


「心痛むべきことですが、事実ですので」



クレの言葉か、主人公自身にか
ミドナが信用を寄せたのだとしたら何としてでも実行して見せなければならない
アクタを消すことができるならば民衆の恐怖も和らぎ
光を求め狂うこともなくなるはずであるから





主人公は広々とした宮殿の屋上の中央でそこに膝を着き
矢の入っていない矢筒をベルトから外して逆さにする
中に入っていた仮面の欠片がハラハラと落ち乾いた音を立てる
割れてしまってからずっと放置していた仮面は少し、何か生気のような暖かさを取り戻していたので
主人公は久々に欠片に向かって声をかけた



「ムジュラー?…ムジュラー!?生きてる?」


「何をされているのですか」


「ちょっと、クレも呼んでみてよ」



何かを形作っていた物の欠片たちであることはクレにも分かった
だが主人公がいかにもそれらが生きているかのように呼びかけ始めたので
表情には出さないながらもかなり動揺しクレの黄色い目はそれに釘付けになった
しかもその珍妙な光景に自らも入るように言われては耳を疑い固まるしかない
そんな彼の当然な反応にも気づかずに主人公はムジュラを呼び続けている



「…む、ムジュラ…?…さん」


クレは主人公の側に同じように屈み込み戸惑いながら欠片に呼びかけた
こんな感じで合っているのかを確かめるように主人公の顔を伺っても
彼女は相変わらずムジュラと声に出すことに没頭している



「ムジュラこら!!どうせまた何か不貞腐れてるんでしょー!?今緊急事態なんだからいい加減にしなさい!」


ついに主人公は反応の無さに怒気を含み始める
何故こんなにも真剣に、この光の人間は欠片に反応を求めているのか、正気の沙汰では無い気がしたがクレはもう一度ムジュラを呼んでみる
欠片をツンツン指先で突付くのも始めた主人公に倣ってクレもおずおずと欠片をチョンチョン触れてみる
そこで初めて欠片がカタカタと振動を見せた



「…!」


「お?ムジュラー!?」


「ホント悪いんだけどさ…僕はムジュラじゃないヨ」


仮面の目の部分の欠片から紫の光の帯が幾筋か伸びて
周りの欠片達を引き寄せて、少しちぐはぐな継ぎ目で仮面の半分が形成されていった

仮面は以前の調子で空中に浮かび上がり主人公の目の前で声を出した



「喋りました…」

「喋るよ、ムジュラだし」

「だから僕ムジュラじゃナイの」

少し平常より目を大きめに開き、急に動き始めた物を凝視したクレに
当たり前のように、しかし奇妙なことを言っているとも自覚しながら主人公は答える
しかしそれに二度目の否定をするのはムジュラと思っていた仮面の半欠け





「ふざけないでよ、ムジュラ…今はアクタを消すのにあんたの力が必要なんだから」


「だからホントに悪いとは思うンダけドネ、ムジュラじゃないし、そんな力もナイよ僕」


「だから……もう、ムジュラじゃないってんなら何だって言うのよ」



「敢えて言うナラ、仮面」


主人公は一瞬で苛立ちが駆け上り半分の仮面を叩き下に落とした
現状に疑問を持ちながらも会話の流れから明らかに仮面がふざけた事を言っていると判断したクレは主人公を止めもせずにカランを転がる様を見下ろしていた
ギャヒ、と気持ち悪い悲鳴を上げるのも全ていつも通りのムジュラだと言うのに何をふざけているのか
しかし仮面は一応真面目に答えていたのだった




「何か知らナイうちに、半分にワレてたからァ!!『ムジュラ』の部分はどっか行ったんだヨ馬鹿ァ!!」


「え…」


「僕はムジュラじゃないと駄目ナノに…、力は全部ムジュラが持ってんだカラ!」


「ちょ、何そのしくみ!?」



主人公の作戦として、何かしらムジュラと言うものの力を必要としていたのだろう
それが今は不可能となったことを悟りクレは少し目を伏せた




「半分の方が必要なの…?あれ、アクタで失くしたんだけど」


「ムジュラは、多分だけド、モウ一人のコイツが持ってるゾ」



ムジュラじゃない仮面はクレの方を飾りの角で指し示した
もう一人のこいつ、というと思い浮かぶのは双子の片割れの方




「こいつが僕にサワッタとき、ムジュラが見えたモンね」


「エレが持ってたの…!?」

「あの禍々しい力の理由はそれだったのでしょうか」

「ちょっと、じゃあ本当に私達が逃げたの意味無くない!?」



目的の物が宮殿の内部というなら
逃がされたことをに無下しても二人は引き返すのだった





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