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「エレくんと同じ顔って、びっくりした…」


「自分は姫の直属護衛軍総長クレ、エレの双子の兄です」



主人公とクレの二人は歩いて来た廊下を足早に戻りながら会話を交わしていた
ミドナの側にいつも控えていたからにはそれなりに偉いのだろうとは予想していたが
かなり大層な肩書きに主人公は溜め息を漏らして少しクレから距離を置く




「まー、そんな君に信用してもらえたらミドナとも話し合えるはずだわ」


「しかし、どのようにしてアクタを消滅させるのですか」


主人公は待ってましたというように人差し指をビシッ、と突き立てクレの顔に向けた
突然のそれにも、しかしクレは表情をさして変えず、顔の向きを主人公の方向に寄せるだけだった



「ずばり、『記憶』を記憶する」


得意気に一言で説き明かした顔をする主人公に
やはりクレは表情を固まらせたまましばらく押し黙る
なんとも微妙な空気だが主人公は構わずニヤリとしていた



「つまり、具体的にはどのように…」

「具体的には…ガーッと、全部吸い込む」

「それは…」


だから結局どういうことなのか、意味がわからないままであったがクレは言葉を詰め込んだ
呆れなども感じざるを得ない会話の流れでも
どうしてか彼女の自信に溢れた雰囲気は、何かを成し遂げてみせる感触がある




「ねー何か、騒がしくない…?」


宮殿内の廊下に、出所が何処かはっきりとは分かりにくいが
何か大勢が騒ぎ立てるような声の群れが響いてくる
どうもそれは穏やかではないし、二人が進むにつれて荒々しさがよく聞こえるようになる

二人が向かっているのはミドナがいるであろう謁見の間、その方向で騒ぎが聞こえてくるというのは悪い予感しかしないと主人公は思った



「急ぎましょう」

「え、ちょ走るの速っ!!」


下手をすればあの勇者の影よりも速いのでは無いかと思えるスピードで主人公を置き去りにしてクレが廊下の果てまで向かっていった
向かった先では、影の民が謁見の間の前で激しく乱闘を繰り広げている
騎士団の者達が多数、それに少数の護衛軍が対抗し事の鎮圧をはかっているようだったがとても生易しいものではなかった
そこら中に負傷した兵が転がり、皆雄たけびをしながら剣を交え魔力の光を飛ばしている


「何が起こってるの!?」


やっと追いついてきて、すぐに息切れをしていた主人公がしばし呆然と立ち尽くしていたクレに尋ねる
彼女と同じくこの状況をたった今目の当たりにしたので、できることなら誰か説明してほしいくらいなものだったが
クレは可能性としてあり得るものを主人公に聞かせた



「騎士団の反乱…かと思われます」

「え、それってミドナがヤバイんじゃない?『呼び影』でミドナのところ行ったほうが…」

「それが姫に声が届かないのです…ここを抜けていくしかないでしょう」

「これ厳しいでしょ…」



そこかしこで爆音やら剣撃の音が鳴り響く戦場と化したそこを横切るのは簡単では無いが
主君の危機にいち早く駆けつけたいクレは素早くその激戦の渦に飛び込んで行き
主人公はそれになるべくはぐれないように全力で走った

殆ど自棄で突っ込んでいった争いの最中、城下町南通りの混み合いとは別物の人ごみを抜けていくのは至難の業だった
現にクレの側に一緒に走っていく主人公を護衛軍の一員と誤認した騎士団の誰かが何人か襲ってきたが
そのどれも主人公が悲鳴を上げる暇も無い内にクレがやって来て攻撃を受け流し彼らを転ばせていた
さすが護衛を心得る軍の長だけあって主人公は何の傷を負うことも無くさっさと謁見の間への扉に辿り着く
固く何かの特別な鍵で閉ざされ騎士団も護衛軍もそれを開くのに苦闘していた扉を
クレは呪文の類を呟いていとも簡単に開け、わずかに作った隙間から二人が入り込みまた直ぐに閉ざした







「来たのか、クレ…それに主人公も」


外の騒がしさに反してそこはいつも通り静かで
ただミドナの他に彼女に仕える宮仕の女達が避難してこの場に居合わせたようで、塊り怯えている様があり
それが外の平常でないことを物語っている

ミドナは主人公が再び自分の前に現れたことに明らかな不審を抱き眉をしかめていた



「姫に声が届いていたならば、直ぐに駆けつけることができましたが」


「オマエが知ったら悲しむと思ったんだ、この騒ぎを起こした主を」


「それより、逃げたほうがいいんじゃないの!?反乱って、ミドナが狙われてるんでしょ」








「…ワタシはもう逃げない」






ミドナは真剣に、言葉に意志をのせた
それはクレにも、怯えきる従者たちにも、しっかりと届く明らかな言葉だった
その真の意味を理解しない主人公でも思わず空気に呑まれて目を見張ってしまった






「しかしどういう訳で主人公を此処に連れてきたんだ、クレ」


「この方は、アクタを消滅させる力を持っています」


その場に居合わせた影の民が驚き嘆声を上げる
実際、未だ主人公の案に納得はできていないものの
彼女を信じると言ったクレはそれをミドナに告げることで示した



「それで、ワタシにそれを信用しろと?」

「…」


主人公はミドナを前に冷や冷やしながらクレの様子を伺った
ミドナに対して一介の軍兵が意見することはかなりのプレッシャーであるはずで
クレも黙り込んでしまったが、それが暗に肯定を示唆しているのは誰もが了解済みだった



「オマエが自分で動くのは初めてだな…」


そう言ってミドナの表情がいくらか柔らかくなり
主人公が胸を撫で下ろそうとしたとき


酷い轟音で扉が破壊され
進入してきた騎士団がそれを阻止したようだった











「抵抗しなけりゃ害さねぇ…大人しく降伏しろ」




一番にやってきたのは恐らくこの反乱の首謀者たる男
騎士団を統べるエレが、姫君の御前に双剣を握ったまま現れた
隅に縮こまっていた宮仕が悲鳴をあげ、クレが前に進み出る




「やはりオマエか…民が苦しんでいる時に、何馬鹿なことをしてるんだ?」


「一族の長が、何にもしねぇからだろうが…、光が足りねぇで苦しんでる奴らがいるんだ、光の世界への道を開けろ」


「聞き分けの無いヤツだ…」


ミドナが呆れたように目を閉じる
気が焦っているエレはそれにすら怒りを覚えて剣を握る力が強くなっていた




「余裕こいてんなよ…テメェら服従させるだけの力は、手に入れたんだぜ」




エレが構える二剣の刃に、禍々しい色の気が吸い寄せられるように集まり纏われる
主人公も、クレも、直感的にそれが危険な一撃を放ってくると知る


素早く三人が動き始めたのは同時で
主人公はミドナの手を掴み攻撃の軌道から外れた位置に連れ出そうとして
ミドナに向かい力の限り振り下ろされた刃の二つは
クレの手に仕込まれた二つの短刀によって阻まれる

だが受け止められた斬撃は、それで死なずに圧力だけでクレの腕や顔に傷を残して飛んだ

痺れを孕む爆風が二人の剣の衝突点から発生し、誰もが身を小さくして護っている





「邪魔を…!テメェはッ」




「王になると決意した男の、これが答えか?」




敬語の口調が、少しばかり崩れて同じ顔のエレに問いかける
クレの声には侮蔑も憤りも無いように聞こえる
隠された感情を読み取ったのは双子の弟だけだった



「ああ、そうだ…奴等の都合で俺たちの全てが壊されてんだ…影が全てを奪う時だろうが!!」


「…そんなことができると思うのか?」



ミドナがそう言いフッと、嘲るように鼻から笑いを逃がした
すっかり頭を沸騰させたエレには、怒鳴り散らすには十分な理由になった



「馬鹿にするなよ!!」


「光と影は表裏一体、どちらが欠けても成り立ちはしないもの…だ」


光の世界を去る時、友から貰っていた台詞を、ミドナはなぞりながら
静かに、足を後ろに運んでいく
エレが目を鋭く歪めた瞬間、ミドナは傍の主人公の手を掴み更に謁見の間の奥に駆けていく




「!?、逃げるのかっ!」


「まさか」



エレの注意が完全にミドナに向いたとき
ミドナは打算的に口に弧を描く




「え、ミドナ!?」


「姫!何をっ」


クレと主人公の体が黒い霧として散り始める
強制的に何処かへ飛ばされるのは勿論二人の意思には関係がなく
ミドナによるものだと知ったときには最早違う景色だった






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