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「アクタは光で照らされている範囲には存在出来ないことが判明しています。ですからアクタは、ソルの光が届く範囲、つまりこの国を囲うようにして広がっていたんです」



会議室の円卓の中心に、影の宮殿を中心とした一帯の模型が半透明色で浮かび
それについて一人が説明をするために立ち上がっている
他の十数人、政治を動かす力を持つお偉いさんがそれを聞くために広い円卓を囲んでいた



「ですがソルが破壊されて光を失ったことで、国の周囲に辛うじて留まっていたアクタの闇が流れて込んできたというわけです。そしてこの…―



「そんなことはどうでもいいんだ」



説明を遮る声に、その場の全員が注目した
奥の椅子に足を組んで座る一族の長、ミドナが
手を円卓の方向に向け握る動作をすると宮殿の模型が萎んで消えた



「どうでもいいことはないでしょう、姫樣」


「そうです、まずは我らの置かれている現状を把握せねば」


「今は民を宮殿に迎え入れる為の用意を優先するべきだろう?大切な情報なら民の前で説明をすればいい」


「あの若僧が…勝手な行動をとりおって」



ミドナの突然の中断に、他の者達は批判的に声をあげる
中の一人はまた勝手な判断で民の避難をしたエレを責める

こうしている今にも、アクタに街が呑み込まれ
宮殿に救助を求め民が集まろうとしているのだ
ミドナは聞き分けの悪い彼らに、溜め息を吐きそうになるのを抑えた





「若僧が勝手な行動をとって、申し訳ありません」



会議室の扉が突如開かれて、語調の強いエレが入室してきた
それに対し、無礼さを咎める声が席につく人物から飛ばされる



「暗枢院の皆様の話し合いが終わる頃には、世界が消えてしまうと考えたので」


「そこまでだ、そんな嫌味を言いに来たんじゃないだろ…騎士団長エレ」



立ち上がりその場を静めさせるミドナに、エレが頭を下げて用件を伝え始める




「下宮の解放を許可願います。民が宮殿前に溢れてしまっています。」



「ああ許可する、誘導ご苦労だったな」



「姫樣!」



「一時解散だ、話し合いたいなら勝手に進めていいぞ」



非難の声も意に介さずミドナは会議室を出ていき、エレも浅いお辞儀を円卓の彼らに向けて退室した












「姫」


エレは廊下を行くミドナを追いかけ呼び止める
立ち止まった彼女の前に回り込み膝をつくエレに
ミドナは何か面倒を予期して顔をしかめた



「ソルを破壊したのはあの光の者です」


「…主人公が?……それに間違いは無いのか?」


エレは間髪入れずに頷く
犯人が誰なのかの真相は未だ明かされていないのだが、そんなことは今の彼にはどうでもよかった






「今こそ、どうか光の世界への侵攻の許可を」





「駄目だ」







ミドナの言葉に、反射的に顔を上げるエレは
悔しがる表情を隠しもせずに姫君に向けた




「そんな顔しても駄目だ、世界は交わりを絶ったんだぞ」


「っ、だが光の奴はこっちに入ってきて…―」


立ち上がり必死になるあまり言葉遣いが荒れていく彼を
ミドナは動じずに、厳しい視線を向け続けた

エレは無駄と悟って言葉を飲み下し
一礼して引き下がった


























「エレグア」




ミドナの元から離れてすぐの曲がり角で呼び止められた彼は
いつの間にか背後に、姿勢よく立っていた男を振り返る
体の前に組んだ手を、相も変わらず袖に隠している




「…クレ、その名を軽々しく呼ぶんじゃねぇ」



「申し訳ありません。しかし、愚かな考えは捨て置いた方がいいでしょう」


「何だと?」



先ほどのミドナとの会話を聞いていたのだろうか
本当にムッツリな奴だと、余裕を持って蔑むことも忘れてエレは簡単に頭に血を上らせた




「今貴方が為すべきことを見誤っては…」



「テメェらよりよく分かってんだよ、俺はっ、この世界を守るためなら、何だってしてやる!!」



クレの胸ぐらを掴み上げ、荒い声は抑えきれず宮殿の一角に響き渡った
他人事のように室内に篭もり脅威を理解するだけの老いた権力者も
影の世界よりも光との縁を大切にしている族長も
惨事の中でも何も感じていないかのような冷たい声のこの男も
エレには敵に等しいほどの感情を抱かせる対象となった

掴まれた方の彼が、何かまた説教じみた言葉を発する前に、エレは手を離し足早に去っていく
足音を煩くさせて遠ざかって行く男の後姿をじっと見て
対してクレは顔を覆う兜の下に表情を隠して静かに









「過つな、・・・お前は」






無音に何も影響の無い程の声音で囁いていた
















影の宮殿の解放感を打ち消すほどに、影の民が中に溢れている

エントランスホールを横切るエレは感じる

幼子の泣き声を、
痛みに苦しむ多くの顔を

気を狂わせた者の変わり果てた姿を




「駄目だ、もう手遅れだ!」

「ソイツから離れろ!!」


ホールの隅から騒ぎが広がり
見れば影の民の一人が、不気味な魔物へと姿を変えていき
掠れた咆哮をして暴走を始めている
その場に居合わせた騎士団の者がそれを鎮めさせようとしていた

アクタの雪崩から逃れられず
長くその闇に触れてしまった民が次々と正気を失っていた






「何も出来なかった…ってのか、俺が」



宮殿から外に出て、その建物以外の低地全てが
もはやただの黒い海に変わってしまった様を見下ろした


逃げ遅れて未だそこに沈んだ命はあとどれくらいある
その救出をするのに、許可を必要としなくなる地位までどれほどの距離が開いている

理不尽に陰りに送られた一族は
いつになれば、なにものにも冒されない平穏を手に入れる








「…仮面のガキ」



エレはその場には居ない者を呼んだ
届くはずのない声は相手に聞こえるような気が、何故かして
だが確かに少年は届かない筈の声を拾い上げた




「呼、ん、ダ?キヒヒ」





「俺に力を寄越せ」






何処ともなく姿を現したムジュラは
エレのすぐ後ろで満面に笑顔を貼った






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