「要らねぇよ」
エレが発する言葉は淀み無く
少年の、ムジュラの耳を貫いた
「何か言っタ?」
「与えられた力なんて要らねぇ」
暗い執務室の真ん中で、彼は吐き捨てるように言った
小さいムジュラは呆気に取られ目を丸くしたが
これが常であるような笑みをしてエレに近付き見上げる
「力を欲しがってたダロ、オマえ」
「うるせぇガキだ、不相応な力を手に入れたら身を滅ぼすだけだぜ」
いいか、と言ってエレは立ち上がり
意味が分からないと物語るムジュラの怪訝顔に指を指した
「俺はいずれ王になる男だ、力は自分の手でもぎ取るまで」
最後には悪役よろしく高笑いまで始めたエレに
ムジュラもつられて笑うが
その意味はただの嘲りだった
「怖いノか、、オマエの父親も、それで死んだから、サ」
「何、…!」
「キキ、ヒひ…別に馬鹿にしテないゾ、民を護るためには力が必要ダから、お前ノ親は立派ダヨ」
ムジュラはエレの手に触れて
ケラケラ声を上げて喋る
ムジュラに触れられた部分から、じんわりと何かに蝕まれるような、ぬるま湯が這い上がって来るような気持ち悪さを覚えるも
エレは思考が正常に機能しないまま少年の言葉を聞いていた
「ホントうに、もっと怖いのは、何も守れない無力かナぁ」
「俺が無力だってのか!!?」
エレが撃ち込んだ握り拳は
一瞬で姿を消し去った少年に当たらず
代わりに割れた仮面がすぐそばの床に転がり音を立てた
ドリューが拾ってきた代物だと気付き腹立たしさが倍増して
エレはそれを窓から外に放り投げた、かなり力の限り
ついでに窓から外の景色を眺めれば
嫌でも遠方の地平に黒い帯が目に入る
年々領域を広げ影を喰らおうとするアクタがそこにある
「ソルが減ってから、侵食が早ぇ」
騎士団長の地位は決して低くはない
だが政策に意見できる発言力もなく
強行的に何かを施行できる力も今ひとつ足りない
そのことをエレ自身知っていた
「俺は、何もできねぇのか?」
一度垣間見た弱さは際限無く染み渡り
掻き消せども僅かな片鱗がいくらでも心に突き刺さった
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