AM | ナノ










―― 溶けるなら、ここがいい…













「それで、ここは…何処だ」


勇者の影が気が付いた時はもう
彼はその空間に立っていた

倒れ横たわっていたのでもなく立っていた、というのは奇妙なものだし
最後に胸に突き刺した筈の黒剣が鞘に収まっているのも
その傷がすっかり消えているのも
それから、いつも首にはまって邪魔でしかなかった首輪と鎖が何処かへ消えているのも
全く奇妙な点は多いが




「何処だここは」



勇者の影が真っ先に解消しておきたい疑問はそれだった

何しろそこは白かった
影の世界とは真逆の、景色が真っ白で眩しい場所だった

上下前後左右、どこも白くて仕方がない
影の世界だって、暗いなりに色褪せた森があったものだが
此処は白い地がずっと続いていて
白い空と地の果てが何処で交わっているのかも見極めがたい程だった



「俺は…影の世界にいた、筈だが」


勇者の影は一歩、黒いブーツを踏み出した
足音が遠くまで響く感じはない
それに違和感を覚えるまでもなく
この場に不釣り合いな自身の姿に勇者の影は居心地を悪くしていた


影の世界に居た筈だった、確かに
それを否定するなら、どれだけ時間を遡った過去をも否定しなければならないのか
想像もしたくないものである


とにかく勇者の影は影の世界にいた
しかし今は違うと、言える
理由は景色を見て一目瞭然だからだ

ならば此処は何処か


淡い期待を込めた予想を口にするならば答えはこうだった





「主人公の、記憶の中…?」



「其の通りだ」




回答を肯定する、男の声
勇者の影が辺りを見渡して、気配を探っても声の主を捉えることはできなかった




「幻聴…か?…あぁ、夢か」



勇者の影はポンと手を打って納得した
死に直面していたから死後の世界と言ってもまた説得力がある
だがそれに突っ込むこともなく、声は言葉の標を立てる




「此処は主人公の深き追憶の外、其れを知っても尚、足を踏み入れる覚悟を持つか?」


「…?、いや…無い」


「黙れ、御前に選択肢は無い」


覚悟は有るか無いか問うてきた声は
求めた答え以外は受け付けないらしい

他人の記憶に触れることはささやかな好奇心だけでは許されないと感じて、無い、と言った勇者の影だったが
散々ハイラル中の人々の記憶に侵入した彼が今更何を言うかと切り捨てるかのように





―…コト



勇者の影が小さな音に振り返った時、男が胡座をかいて座っていた
赤い盃がその側に置かれている、恐らく先程の音はそれだろう

次いで白いだけだった空間が
まるで白色の絵の具が剥がれ落ちていくように崩れて
何処かの神殿の中の一室に変わった

ただそれでも、自棄に辺りが眩しいのも、自棄に空間が広いのも余り変わりはないが





「まさか御前が真っ先に、此処に辿り着こうとは」

「何だ貴様は、ここは何処だ」

「知りたい事は多く在るだろうが、先ずは飲め」



銀髪を後ろに結い上げた男は盃を勇者の影の方へ差し出す
だが勇者の影はそう簡単にそれを受け取るのを躊躇われた



「…そんなことよりまず知りた ―

「座れ、飲め」


「…………」



男の威圧する目に気圧されたわけではないが
まともな会話をするには従っておくのがいいと感じて勇者の影は男の前に腰を下ろした
そして見慣れないその器を、妙な持ち方をして傾け中の酒を喉に流した




「味が無い」


「御前の舌が幼いのだろうな」


言われて顔をしかめる勇者の影に
男は目を細めて微笑した






「私が誰か、の答ならば…私に名は無い」


「名が無い?」



突然話題を本筋に戻した男の言葉に耳を傾ければ
とても他人事ではない返答が来て勇者の影は驚いた
この場に主人公が居れば何かしら名前を与えたがるだろうと容易に想像できるが
勇者の影にはそんなネーミングセンスも優しさも備わっていなかった



「名は無い、ただ人間が好き好きに名を付けている…荒ぶる神、或いは破壊の力、或いは夜叉の者、或いは…鬼神」


「鬼神…、気のせいか、自分を神だと言っているように聞こえたが」


気のせいではないと勇者の影自身感じていたのは
着物姿で悠然と構える男の姿がただ者ではないと思わせるからだ



「此処は何処か、御前にも解るように言うならば、『聖地』だ」




まぁ、神が居るのだから、その場所は当然聖地だろう

なんて考えが一瞬だけ浮上し、その一瞬だけ納得した勇者の影だったが
すぐに、そんなあり得ない話を否定し混乱するだけになる




「言っていただろう…貴様は、ここは主人公の記憶だと、、そう言った筈だ」


「矛盾していまい、詰まり、主人公の記憶が聖地への扉の一つ、其れだけに過ぎん」





勇者の影は口を半開きにして停止した






「理解の易い様に言ったつもりだが」



フッと笑いを溢し
鬼神は盃に代わりの酒を注いだ
勇者の影は考えを白く、この空間以上に白くして再び酒を飲み干す


今度は少し苦味が襲った











[*前] | [次#]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -