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主人公が何処に消えてしまったかなど知るわけがない
それでも勇者の影は走り出していた







「待って、黒子」


「誰が黒子だッ!!」




しかしサリアが呼び止めた
しっかり黒子という主人公からの名前を採用して

そんな驚き半分怒り半分で思わず勇者の影は立ち止まり怒鳴ってしまった
再び彼が走り出す前にサリアが間を置かずに声を上げる


「ただ追いかけても、きっと追い付けないよ…あの人はこの世界の人、それに黒子はまだ影のこと知らないから…」



「影のことなど、貴様より知っている」



確かにこの世界には不馴れな勇者の影が無作為に走ったところで無駄であろうが
ただ突っ立っているよりは後悔しないと思ったのだ

そんな勇者の影をこれ以上この場に留まらせる為の術をサリアは見つけられずに俯いてしまう













「エーレさーん、エレー、エロスー、メロスー」





そして一度静まり返った森に
どういうわけか間の抜けたような声が響く

ハッ、として表情を強張らせるサリアにつられて勇者の影も声の方を向く
また何が起きるか分からないことを考慮してもはや剣を左手に持っていた




「あ、すません…黒い人、エレさん見かけませんでした」


「誰だ」


「性格も髪質もツンツンで、年下のくせに上司で、毒々しい眼色のスケベです」


遠くから現れたのは間延びした声の女だった
青白いというよりほぼ蒼い肌に小粒の目が光っている顔立ちは影の民特有のものなのだろうか
初めて見る種類の人間に勇者の影は一瞬怯むが
的外れな答えを返す女に透かさず突っ込んでしまった



「貴様が誰かと聞いてるんだ」



女は軽く訝しむ表情を見せたが
直ぐに間延び声で欠伸でもするように答える



「あたしドリュー、騎士団の団長補佐…てゆかこんな所で何してですかチミ」



「!そうだ、…奴を追わなければ」




すっかり目的を忘れかけていた勇者の影は
どうやら不要になった黒剣を鞘に戻し走る体制になったが
サリアが勇者の影の背に隠れるようにしがみついていたので動きが止まる


そこで初めてドリューという女がサリアに気づく








「『それ』…記憶です?」



ドリューの表情が冷ややかになっていくが
奇妙独特な丁寧語は抜けていない

『それ』と指をさされたサリアは微かに反応し
勇者の影の服をギュウッと掴む行動に見た目のままの幼さが感じられる




「だったら何だと…―」




勇者の影が背後に感じていた気配が
サリアが自分の黒服を掴んでいた感触が
無くなったのだとわかったときには
少女はその場に倒れ放心していた


「っ!?」


サリアの胸のちょうど真ん中には小型のナイフが深く正確に刺さっていた

しでかした犯人など、ドリューという女の他に思い当たらなかった





「危ないところだたですね、さあ、その記憶から離れて離れて」



もはやピクリとも動かないサリアにまだ警戒を解かず
ドリューは片手にもう二つナイフを構えて
ヒラヒラと他方の手で勇者の影を呼ぶ


混乱する頭はこれらの情報を処理するよりもただ少女と女を見比べるためだけに動く
そうしている間にサリアの姿は暗く鈍い泥のような闇となって草地に溶けていった


サリアはこの場所、アクタに溜まる記憶の一つだということは分かる
彼女自身が認めたからだ

そしてドリューは、サリアが記憶だと認識した途端に攻撃してきた
さも『記憶』が危険物であるかのように




「…一体、何だと言うんだ」



整理した状況でも、知識の足りない勇者の影には理解できなかった
ただ可能性として
ドリューが『記憶』の類いのものと敵対するのであれば
交戦することになるかもしれないということは直感できた





「何か、怪しいですねチミ」


「貴様ほどではない」



「…まさかと思うけど、光の人です?」




「俺は……」



腕をくみ小首を傾げるドリュー
何と答えるべきか、勇者の影は悩み暫く黙した








「…、た、ただの黒子、だ」



「あぁ、ただの黒子か、これは失敬です」




不本意でしどろもどろな自己紹介を
あっさり納得されるのに納得いかなかった





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