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少女は勇者の影の言葉に頷いた





「私はサリア」




「どうも初めまして、私は…―」




名乗ろうとする主人公に手をかざしてサリアが止めた

主人公はタイミングの良すぎる妨害に気を削がれていささか不機嫌になる
自分の名前に自信を持っていた彼女としては十分に機嫌を損ねる種となった




「この世界では、名前は大切なの…あまり人に教えるものじゃないから、本当の名前、秘密にした方がいいんだよ」




『名前は大切』
名前を声にして発することさえも打ち止めるサリアの行動の根本を考えれば
その意味が単なる抽象的なものでないことがわかる



「…むむ、そうなのねー、じゃあコードネームを決めようか」


「コードネーム…」



嫌な予感が過った勇者の影が顔に不安と焦りを滲ませているのに
主人公は楽しそうに彼を見つめた

何を隠そう主人公は名付けの天才、自称だが
そんな彼女がさっそく勇者の影のための第二の名を提唱した



「君はこれから黒子ちゃんでいこう」


「断る!!断固として」


「私は…そうだなー、まー不本意だけどゴッドって呼んでいいよ」


「無性にイラッとするな、貴様は」


「でも、どーして名前が大切なの?」



勇者の影の荒んだ抗議を全く耳に通さず主人公はサリアに向き直った
サリアは終始、微かに笑む顔で二人をずっと見ている





「『記憶』になりやすいから」




サリアが声にした簡潔な答えは
響かずに地に落ちるようだった

記憶、名前、そんな単語を聞くとチクチク胸の内をつつかれている気がするので
勇者の影は無意識ながらサリアを凝視する





「ここはみんなの記憶が淀んでて不安定なの…記憶に引き込まれたらここから出られなくなるんだよ」





「……なら、貴様も『記憶』か?」




少女はまた、ためらいもなく勇者の影の言葉に頷いた


主人公は首をかしげていたが
すぐに二人の会話に割り込んだ



「記憶って、え…なに?誰の記憶よ?…てかここは影の世界でいいの?」



「これはサリアの記憶だよ…、ここは影の世界だけど、二人はここに居たらいけないの」


「ちょっと聞きたいことが多すぎるんだけど…」




おそらく直感的に、サリアが『記憶』とやらであると言い当てた勇者の影にまず視線を送り
影の世界だという確信を深めた上で再び周りの色褪せた森を見回して
それでも主人公の中で解消されない疑問が多く残った



「結局…ここは何なの?」


「この世界の人はみんな『アクタ』って呼んでるよ、この場所のこと」



「で、どんなところなのよ」




瞬間、サリアの表情に苦々しさが混じり微笑が強張っていく

口に出すことにか
はたまた主人公にそれを告げることにか
明らかに躊躇の意を示している



















「記憶のごみ溜め、だ」










辺りに酷く響き渡る覚えの無い声が答えを言った



彼らから十分離れた場所に一人、やはり見たこともない男の姿が立つ

偉そうに腕を組み、仁王立ちでいる男は
小生意気な様子でニヤリとしてこちらを見据えていた



勇者の影が警戒し剣に手を伸ばすより先に
主人公が男に話しかけるより先に

男が両手を前に突きだしていた



「影々の御名により、光、拘束せよ!」



「んぇ?な、…なに!?」



周囲の暗がりに漂っていた影が男の言葉を受けて蠢き
主人公の全身を囲う檻として具現した




 ガ キ ン――!!





「くっ!?、…主人公!!」



黒剣が影の檻を遮る前に格子の列は完成し金属の音が全員の耳に刺さり
主人公が完全に閉じられた

檻を切り崩す強烈な第二撃のために勇者の影が振り上げた剣は
知らぬうちに檻と勇者の影の間に割り込んでいた男に受け流された




「エセ影の分際で、この俺に勝てるってか?ボケが」


「貴様はッ…―?」



渾身の一撃を軽く流されたことに勇者の影が呆けてしまったその一瞬
男は檻ごと主人公を持ち上げてさらに鼻にかかる笑みを濃くした



「のわっ、ちょ、あんた!何?」


「はん、あばよ似非影」



途端に男の体と檻までも
状態が黒く気化し

近場の地面に映る木々の影へと逃げ溶けてしまった











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