AM | ナノ






「どうよ?」



再度問われて勇者の影は頷いてしまいそうになったが
唾を飲み込むだけに留まり
見張った目を主人公の目に固定させたまま冷や汗を垂らした

何故この女はこうも頭が働くのだろうとしみじみしてしまうと共に
自身の特性とも言える記憶と影の体を恨んだ


そんな勇者の影の葛藤など露知らず
主人公は三度目の追い込みを言葉にした




「できるの?出来ないの?」



そしてやはりなかなか頭の働く主人公は
問い詰められて動けないでいる勇者の影の反応だけでもう答を知ってしまった

詰まるところ、主人公の案は実行可能であること
それに勇者の影が賛成しかねていること
それがありありと見てとれる








「…で…出来ないことも、ない…わけではない……ということも、ない…」



「出来んでしょ」




目線をそらし煮え切らない言葉で濁してみるも
スッパリ言い当てられて勇者の影は怯んだ
更に何かしら言い訳を込めて話題を打ち切ろうとするが
思いつく言葉はただの音でしかなく
勇者の影は小さく口の開閉をするだけだった





「…だが、主人公…、影の世界は」


「反対しても無駄!さっきは納得してくれたみたいだったのに、……大体、どーしてそんなに私の心配するの?」



「それは…」





勇者の影は腕を組んで一頻りぶつぶつ唸り俯いた
心なしか耳が赤く染まっているようにも見受けられたが主人公はあまり気にならず
続いてなされる彼の話に幾らでも対抗できるように心構えていた




「………いや、とにかくだ…無茶はするな、…主人公」



「…?まぁ、無茶はしないようにするけど」






勇者の影は突如主人公に背を向け
本来は陰りの鏡があるはずの祭壇に上った

そこだけが明らかに異質の色彩を放つ巨岩、断罪の黒壁をよく睨み付け
剣を抜き放つ勇者の影をぼんやり見ていた主人公だったが
何となく嫌な予感を背筋に覚えて呼び止めた



「な、何しようとしてるの!?」


「?…見て分からないか」


左手に黒剣を持ち
それの刃先を自身の右腕に宛がっているように見える
その先に待ち受ける結果なんてどう考えても右腕を切り落とす以外にない、と主人公は思った




「何、え…今若者の間で流行りのアームカット?それともヤクザなノリでけじめつけるとかですか?」


「違う、そんなもの流行ってたまるか…鏡を作るのに使うんだ」


「えぇっ!も、もっと、こう…その剣とか、帽子とかで作れないの?」




確かに、現在は人の姿に留まらせてはいるが
勇者の影の体はもともと影で出来ている
その黒い塊であるはずの影を、記憶を頼りに変化させているにすぎない
つまり帽子も黒剣も、言うなれば体の一部、影から作り出したものである、そう考えたからこそ主人公は彼の性質を利用しようと思い付いたのだ

勇者の影が食べた記憶をもとに、影の体の一部を陰りの鏡に変化させて使えはしないかと
実際に鏡の持つ力まで真似できるかは保証できないがやってみる価値は大いにあった





「帽子…あぁ、確かにその方が良いかもな」


「そうだよ、てゆーかまず真っ先に腕を切り落とそうとかいう考えが……やっぱり人間じゃないよね、勇者の影って」



呆れた笑いが聞こえて勇者の影は振り返った

主人公の楽しそうな顔は
勇者の影が好きな表情だった







「主人公…?」



「元気そうで、…元気になって良かった…君が熱中症っぽくなったときはさ、体が人間になったのかと思ったのにさ」



そういえば塩分ちゃんと摂ったの?
そう言われ終えて勇者の影はやっと意味を理解してギクリとした
人間に近づいている、という表現が妙に鼓膜にヒリヒリと残る
ただ単に自身が弱体化しているのだと思い込んでいた勇者の影には全くの死角からの衝撃に等しかった


慌てて鞘に剣を戻してさっさと黒い帽子を取り去り
それを黒い霧に変化させながら勇者の影は
右腕を早まって斬らずに良かったと心底感じていた

きっとその切り口からは当然のごとく鮮血が吹き出したに違いない、そんな馬鹿げた図は誰だって見たくない




手の内にあった帽子は少しずつ
円盤形に引き延ばされた霧となり
黒く鈍く光る鏡に変えられた





「おおー!!陰りの鏡っ!むしろ影の鏡?」



主人公の一人歓声を受けつつ勇者の影は祭壇の台座に鏡をのせる

まさか自分の能力がこんなことに役立って
本当に影の世界に行くことになろうとは
勇者の影は感慨深いものを喉の辺りに控えて黒い鏡から手を離す

すると鏡から鈍い光が断罪の黒壁へと差し込み
鏡の複雑な模様が壁に道を切り開いた





「…ムジュラ、持っていくのか?」




祭壇に立つ勇者の影の隣に並んできた主人公が
軽く存在を忘れかけていた割れ仮面を手に持っているのを見つけた



「え、置いてくつもりだったの?冷酷勇者の影」


「貴様には言われたくない」


「ゴメンってば!!…まぁ、ほら…陰気なムジュラのことだから、暗い陰湿な世界に持っていけば案外簡単に治ると思ったんだけど」


「……その世界問題になりかねない差別発言は慎め」


「勇者の影くん……いったい何処でツッコミ覚えてきたの」






朝日が遠くの空から彼らを眺め
ほのぼのと微笑んでいるように思えて

主人公は背後に視線をそっと歩かせた
暫く見納めになってしまいそうな光の世界に
行ってきます、と言うのを勇者の影が空耳に聞いた












[*前] | [次#]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -