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《陰りの世は貴方が行くべき所ではない》






そう

唐突にそう言われて
主人公は間の抜けた顔で
声を発する光に振り返った
奇妙な人の姿を形作り話しかけてくる眩しいそれらは
自らを賢者であると言い

主人公が使い道に困って掌で遊ばせていた白いメダルを
変な光線を発射して砕いてしまった



それが数分前の鏡の間での話

























主人公はわなわなと手を震わせて一つ欠片を拾う
しかしそれだけでも欠片は更に多く破片へと砕けて彼女の手から溢れた



「め、メダル…っ、が……」



勇者の影はようやく状況を把握して主人公の側まで近寄った
ショックの大きい主人公に何を思ったかフッ、と何気ない風に両手の物を差し出して見せた
先程勇者の影が体重をかけすぎて割ってしまったムジュラの仮面だ



「まぁ、割れ物の一つや二つ…気を落とすな、主人公」


「そう、ね…別に割れたって、…そう、何が減る訳じゃないし……ってそんな流されると思ったの!?馬鹿勇者の影っ!!何割ってくれてんの色々減っちゃうでしょーが!!?」



うやむやのうちに自分のしでかしたことを水に流そうとした勇者の影の目論みはすぐに見破られる
勇者の影は申し訳なさそうに頭を下げるが
主人公がそれ以上何も言わずに脱力した




「おい、…主人公…?」



「………ちょっと、今話しかけないで」




主人公はうつ向いたまま
鏡の間の端に半ば駆けていきうずくまっていった



少し離れた景色の中に小さくなってしまった主人公の背を見て
勇者の影は空虚な心地を誤魔化すように周囲に漂う賢者達に視線を移した




「どういうことだ…貴様らは、」




《影の者よ、汝らの旅はここまでとなろう》



《そもそもが無謀であったのだ》




「他人の旅を止めさせようとは、何様のつもりだ?」




勇者の影は仮面を乱雑に陰りの祭壇に置き
背の鞘から黒剣を抜き最後に喋りかけてきた賢者に切っ先を向けた
賢者達は口を閉ざしたが
その十分な空白には呆れの溜め息でも隠されているようで勇者の影ますます顔をしかめた




《これは自由の下の旅行ではない…運命付けられた旅路》



「何?」





《汝らの役目は終わった》




勇者の影にも、もちろん主人公にも(ついでに言うとムジュラにも)
ただの旅行でここまで来た、なんてつもりはない
自分が納得して、(ほぼ)己の意思で歩んで、時にはぶっ飛んできた結果であって、運命なのだと思ったこともない


それが何故今、こんな者達に進路を阻まれなければならないのか




《早々に神から身を引くが良い…互いに向かうは破滅のみ》




続けて一緒に居るだけでよろしくないのだというように言われて頭に血がのぼった勇者の影は
危うく重要な言葉を聞き流して
目の前の光どもに斬りかかるところだった











「……カミ?」







《神…全てを統べる最高神》







「…神?…なに…が……誰が…―」













「私」









書き消すように被せられた声はしっかりと答えを導く主人公のそのものだった

勇者の影が口を開き呆然としているのもそのままに
主人公はトボトボと肩を落としたまま隅っこから帰ってきた
未だ暗い影を後ろに背負った彼女は俯いていて
気になる話の続きをすらすらと語りそうにはない





「…主人公」



「あんたらもう消えて、目が潰れそう」



主人公は眩しそうな細目を一瞬だけ賢者の面に向けて吐き出すように言った

五人の賢者は暫く口を閉ざし
無理矢理の納得を示すかのように苦々しく沈黙した
それから朝日が景色を白ませていくようにスッ、と姿を消してしまった




簡潔な物言いにも関わらず口煩さを覚えた賢者達が
主人公の一言にさっさと従っていったことにも勇者の影#は確信を深めた








「主人公が神…?」


「え…、いや、どうなんだろ?」


「今、貴様が言ったことだろう」



「知らない、けど…そうなんじゃない?おっさんにも言われた」


「おっさん?」


「……ガノンドロフ」



主人公が渋い表情に変わったのを見て勇者の影も少なからず胸が痛んだ

思い起こされるのは先程の処刑場内での参事
勇者の影は実際何があったのか知らされていないが
主人公が魔王との接触で肉体的にも精神的にも傷つけられたのを目の当たりにしたのだ








「ま、私の存在が神がかってんのよね、…つまりそーいうこと!」



一変した明るい声に勇者の影が振り向けば
もはや割れたムジュラの仮面とメダルのことに頭を悩ませている主人公がいた

思わず、勇者の影は安堵してしまった






「ムジュラは置いといて…影の世界に行く方法なんだけどさ…勇者の影くん」



「置いておくのか、ムジュラのことは」


「こんなことじゃ死なないでしょー……たぶん」



砂漠に着く以前のことならきっとこんなことでは死なないと言い切れたがしかし
つい最近魔力を失ってしまったこの仮面の言葉が脳裏に過って主人公と勇者の影は揃って口を結んだ




「まあ…ムジュラのことは置いておけ、…それで?」

「あ、うん…(置いとくのか)……影の世界のことなんだけど」



「もはや行くのは無理に思えるが」



話の進むところも目的の場所もやはりその世界のことであるのに勇者の影は内心焦りながらも
冷静を装って散らばるメダルの破片を見下ろした

主人公の行く先に同行することを改めて決意したものの、出来ることならばやはり危険の伴う筈の影の世界には行かせたくないと勇者の影が思っていた矢先
都合よく道が絶たれてしまった現在
彼女が何を思ってムジュラの仮面の悲劇よりも優先してこの話を持ち上げてくるのか勇者の影は気が気ではなかった





「確認するけど…勇者の影は以前にここに来たことがある、と?」


「あぁ」


「それは勿論、この地に染み付いた勇者リンクの『記憶』を…えっと、食べる?…ため」


「そうだ」



「当然のことながら、影の世界に行った勇者がここで『陰りの鏡』を使った、ていう記憶も、食べたんでしょうね?」



「…それがどうした」




主人公の口の動きがみるみる活発になるので
勇者の影は嫌な予感に足を引かせて、それでも話の続きを促してしまった









「その勇者の影が食べた、記憶の、陰りの鏡…どうにか使えないかな?」







ニンマリとした紅い眼に迫られ
勇者の影は何か多くのことを後悔したくなった







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