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「……」



手摺りは古くひび割れが目立つ
朽ち折れてしまったものも確かにあった


主人公はそこに手を置き
朝の色が東から広がり始めるのを無言で見た






「…夜明けだ」



勇者の影の声は小さく
幻聴だったように思えるほどで
主人公は聞き流すことに決めた
彼もきっと独り言のつもりだったのだろう
大して反応を求めもしない

どうも元気の無い様に見える彼との接し方はよく分からないのだった

主人公は大きな欠伸をしながらチラっと勇者の影を見上げた

主人公の立つ場所よりも数段高い階段に横を向いて座り
壁にもたれながら主人公と同じ方向の空を見ている



「……」



「……」

「……」

「……」


「……」


「……重い!!」




主人公が突然斜め上に大声を響かせた
黙りを決め込んでいた勇者の影もさすがに彼女に注目してしまった



「…何が重いだと?」


「空気がね、重いのよ!」


「…?」



「確かに私が君たちを置いていったのは悪かったと思ってるけどさー…」



ぶつくさ言いながら勇者の影を横切り階段を上っていく主人公の声がだんだんと聞こえづらくなる

口をすぼめて喋りにくそうに自分の非を認めているようだ



勇者の影が何となく未だ暗い空と
その下の砂の海
果てに見える緑の平原、青の湖、赤の山をただ視界に入れている間も
主人公の小さな靴音が階段を昇っていく


上りきればそこは
砂漠の処刑場の最上層
主人公が目指した鏡の間になる



「……」


勇者の影は背の鞘に引っ掛けていたギブドの面を手にして
軽いそれを一段低い隣に置いた




「…夜明けは、嫌いじゃない」




何か酷い悪夢から醒めた気分で
勇者の影はそんな夢の内容を思い返した


あんなにも弱く小さく痛々しい彼女を初めて目の前にして
何もできずに自分こそ傷心してしまったことが笑えてならない

平生に戻った主人公を近くに触れても
彼女へ用意していた怒りを忘れ
彼女が秘める嘆きを問い詰める勇気が無く


ただそれでも勇者の影が思うことがあった
心に決めるものができた




勇者の影は膝を立てて肘を載せ目蓋を下ろした

肩にできた傷は深く
しかしあと数時間もすれば消える様子
完全に弱体化するのではなく未だ残る影としての性質が傷跡を黒い靄で塞ごうとするのだ

半端な自身の状態に勇者の影がまた鼻を鳴らそうとしていたとき


すぐ隣の重扉が開かれ
転がり出るようにムジュラの仮面が中から飛んできた




「………」



「……」

「……」

「……」

「……ムジュラか」


「……ウん…、デモ、違うカモ」


「理解不能だ」


「……オレ様だっテ、分かンね」




荒い床に落ちたままの赤紫の仮面を見ただけでは普段と何の変わりもない




「…勇者の影、主人公は?」


「……上だ、鏡の間に行った」


「どうナッたノ?主人公と、イっしょにイテいいの?」


「………行く」


「ドコに逝くッテ?」


ッバキ

勇者の影は青筋を立ててムジュラを踏み
グリグリとブーツの踵を捻り付けた



「イダだだダダダァァ!!メりッ、て言ってるカラ!仮面はでりケィとダカら!!」


「俺は決めたんだ」


「知らナい!足どけ、っギャぶ!!」


「主人公が行くなら、何処でも、危険が潜むなら、…俺が切り開いて」



「ぐ…ウゥ…っ、…勇者の影が、そうシタイ…から?」



勇者の影が頷こうとしたタイミングで

足がバキっと仮面を真っ二つに割ってしまった落差でそれが妨げられた







「……、ムジュラ?」




勇者の影は一瞬何が起こったのか分からなかったが
慌てて二つになった仮面を両手に持ち上げた

冷や汗を掻き目を見開き

何回か割れ目をくっつけたり離したりを繰り返した
仮面は声を発しなくなり
動かなくなった

今まで散々傷を付け角を折ってひびを刻んではいたが
こんなに大きく綺麗に割ったことは初めてで
しかもムジュラが反応なくただの壊れた面になってしまったことに焦るしかなかった



「おい、…悪ふざけはやめ――




『ぎゃぁぁぁぁああ!!』



ビクッ、と勇者の影の肩が跳ね上がり
叫び声のする方向に振り向くと同時に
後ろ手に仮面の欠片を隠すように持った


バクバクする鼓動を抑えられないまま
勇者の影が何事かと耳を澄ませれば
続いて上の方から聞こえるのは主人公が誰かと揉めている声















「あんたら喧嘩売ってんの!?」



勇者の影が階段を登り
音源に近づくにつれて声の激しさも増していく

ムジュラをなるべく見つからないような位置で持ったまま
ソロソロと鏡の間に登ってきた勇者の影を
透かさず指差したのはやはり主人公だった



「喧嘩なら買っちゃうよ!?勇者の影が!」



何か悪いことをしてしまった子供のような気分で仮面を持っていた勇者の影には突然のそのことが余計に恐ろしく思えて
やはり両肩を弾ませて背中に汗をかきながら
何のことかと目を走らせた





《陰りへの道はもう閉ざされた》



《影は淡き光をも失い》



《光を求めすぎている》



《我らは鏡を護る者》



《神々の命により光を守る者》




人間大の発光体が並び主人公の前に浮かんでいる

主人公は区別のつかない五つの光に腹の底から怒鳴った



「そんなこと知らないっつーの!!賢者だか何だか分かんないけど、この、…メダルッ!!どーしてくれんの!?」






主人公の足元に無残にも
二つに割られ光を失ったメダルが落ちていた


大妖精から受け取ったもの
それは影の世界へ行く唯一の手段だった







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