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「貴方、長く見ていない間に随分と変わられたようだ」



嬉しいのかそうではないのかを
他者に悟らせない笑顔が貼りついているのはお面屋

嬉しくはない
むしろ嬉しさの対極にあたる感情が頭を支配しているのに
それを通り越して笑みが浮かんでしまうのはムジュラ


エイミーも勇者の影も去り
他にその場に居るのは気絶をしたかに見える亡霊二匹
エイミーが反射的に勇者の影を追い掛け付いていってしまった時に通路の脇に置いていかれたジョオとベスだったが
半分ほど意識を取り戻した時には既にムジュラとお面屋が笑顔を向け合う不気味な空間が形成されていたので
起きるに起きられず今も気絶をしたふりでやり過ごそうとしている






「冗談を言うことを覚えましたねぇ」



「ボク笑えること言ってナイんだけド?」


「おや、笑える言葉でしたよ?貴方が『まだここに居たい』なんて言うのを、笑わずにどうしろと?」



お面屋は小さく声をあげて笑んだ
しかしムジュラがギリリと奥歯を噛んでいる表情に気付くと笑いを押し込めるように咳払いをした

何処ぞの世界への帰還でも促すように差し出されたお面屋の手を拒んで
ムジュラが主張することを理解できなかったのだ

お面屋の知る仮面は自分の欲望を持たなかった
そもそも「自分」など持ってはいなかった




「貴方は『ムジュラの仮面』です、その貴方がどうして…何かをしたい、したくない、と欲を滲ませているのか…不思議なものですねぇ」



額に片手をあてて首を振る
小さい子供を諭すように遠回しな表現には呆れも含まれていた
しかし口元は依然弧を描く




「ソンナの、ボクが知りたいよ…だって主人公の傍に居タイんだもん」



ムジュラの声が震える


大妖精に奪われた魔力の源、今までに吸い取ってきた人間達の欲望が無くなったためか
すっきり掃き出された心に一つ残る明確な思いがムジュラを突き動かしていた










「違いますね」








カツン 、と小さく靴音が近づく
お面屋が一歩前に足を置いた








「『それ』は貴方の望みではなく、あの影の方の欲望でしょう」




一応ながら確認を取るように小首を傾げてまた一歩を踏む音がした
それは勇者の影のことを指して言っているのだとムジュラは遅れて理解した




「貴方は人の欲に敏感なのですよ、その癖が、他人の欲を自分のものとして錯覚させてしまうだけ…」




ムジュラが動けずに居る間
お面屋は既に彼の目の前に立っていた




「人が欲しいものを欲しがる、奪いたくなる、…全く、貴方がムジュラの仮面だからです」



ムジュラの両頬に添えられた手は
まるで我が子を慈しむようなそれだった

ムジュラは震える足を引きずるように後退させたが

すぐに通路の石壁に背を押されて追い詰められた


お面屋の細い目が微かに確認できる程度に開かれる

ムジュラはこの男が大嫌いだった
全てを見透かし知り尽くしている、そういう笑い顔が嫌いだった
それもムジュラの仮面に限っての事情の全てを


そうだとしてもこの時のように
じんわりと時間をかけて悟らせるお面屋の言葉に恐怖したことは無かった


ムジュラはただ少し首を横に振ることだけしかできないでいた

幸せのお面屋はそれすらも分かっていた




「貴方がこれから向かう先で、きっと痛いほど分かることになりますよ…まだこの世界にも猶予があるようですから、今日のところはワタクシが引き下がりましょう」



お面屋がムジュラから数歩離れると
ムジュラは俯き薄暗い通路を駆け出していった


それを見送った男はよく響く笑い声をもらして反対側へ歩き去った





































「姉さま…ジョオ姉さま…もう起きて良さそうですわ」


「そう…何だかでも、今日は多くことがありすぎて」

声を潜めながら通路の端に落ちていた二匹が起きた

身体はないが確実にある疲労感が彼女達に溜め息を吐かせて
亡霊のジョオとベスは漸く起き上がった

何がなんだか、というように暗い色の顔に暗い表情を浮かべ
それぞれの松明に灯る色火に視線を送った


久々に出会った生者はとんでもない曲者で
さらに姉のメグが消えてしまったなんて凶報まで届けられた

ジョオが再び大きな息を吐くと
橙火が揺れて小さくなった




「私達は…どうすればいいのかしら、メグ姉さまが居ない今」







「『記憶』に戻ればよろしいのでは?」






再び聞こえる厭らしい声の突然さに
ショック死、というよりショック成仏でもしてしまいそうで
ベスとジョオは悲鳴をあげて振り返った

ついさっき立ち去った筈の幸せのお面屋が揉み手をしている


怯える態度を改めて一つ前に出たのは次女のジョオだった




「そういう貴方も、『記憶』に見えますが?」



「ほっほっほ…やはり分かってしまうものですか」



愉快であるように腹を震わせて笑うお面屋にベスはずっと怯えた様子が抜けなかった

話題に上る『記憶』という言葉が彼女に大きく作用していた



「私はもう疲れました…ジョオ姉さま、この百余年の、繰り返し彷徨う日々に」


松明を両手に持ちベスははかない声色を出した
ジョオもそれに反論できないのかベスを励ますような言葉が浮かばず黙り込んだ





「消えることが許されない苦痛は…ええ、なかなかに辛いものがあります」




お面屋は本当に共感しているような素振りで大きく頷いた




「それならば、どうでしょう…貴方がたには癒しを贈りましょうか」




ジョオとベスが不思議そうにお面屋の言うことを聞いていると
漂うだけだった処刑場のぬるい空気がやわらかく流れ始めた

少しずつ速くなり勢いを増す風は音を立てて通路を過ぎていく
風の音はどこかピンと張り詰めた調子を含み
その旋律は彼女達の魂を素直に揺さ振った


瞬間、ジョオもベスも込み上げるものが涙に変わるような感覚が起こった
実際に涙など流せない彼女達は
代わりに霊体のあらゆる端から黒い霧を上げて感情を発散した



「こ、れは…?」



「…消える、の、かしら」


見る見るうちに自分達の存在が軽くなっていくのを自覚できた
しかし不思議と怖れも悲しみもない








  カ ラ ン


 コロ ン






乾いた木の音が二つ分

風の音を止ませた


亡霊の不安定な姿は消え
後にはお面が二つ残った




お面屋はそれらを丁寧に手に取り
終始笑顔で荷物に加えた






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