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震えが止まり声が止み
彼女の異常さが取りのぞかれたのはどれくらい後のことだっただろう

少なくとも勇者の影にとっては気が遠くなるほど、とうてい堪え難いほど永く感じられた












「……勇者の影、くん?」







「…目が覚めたか」




「う、ん、…なんか全身、痛い、けど」



処刑場を長く叫び走り回った疲労も一緒に襲ってきて
主人公は指の一本も動かせなくなっていた

どうにか自由にできる目を細かく動かして
あの長い距離を落下した自分がまだ生きていることを確認しようとしている




「ところで、きみは…なにしてんの」



主人公は窮屈に彼の腕の中に閉じ込められていることを不思議に思った
おそらく落ちてきた自分をナイスにキャッチしてくれたのであろうとは推測できたが
それにしても不必要に密着しているうえに
喋れば互いの吐息が感じられ前髪が揺れる、そんな近距離に彼の顔がある


「……」


主人公はジッと目を見て返答を待ったが
勇者の影は苦しそうに顔を歪めて逃げるように目を背けた

その仕草を問い詰められる前に彼女の体を壁にもたれさせ
少し離れた砂の上に背を向けて座った




結局勇者の影の行動が掴めずに
ただ彼の背の黒服に視線を固定させて主人公は重い瞼を半分下ろした

久々に見たような気がする漆黒は
全ての色を吸収するものだから目が余り痛くならないですむのかもしれない
主人公は何となく目が離せなくなった

そして黒い鞘にグルグル巻いてある鎖に気付いた
黒い帽子と襟足の隙間から光を反射する首輪へと視点をずらした


何気なく見えるものは当たり前の景色であると同時に
自分がついさっき置き去りにしてきたものだった、と主人公は気付かされた









「ありがと…勇者の影」




目を閉じて少し気を抜けば
わずかな平衡感覚も失われて
主人公の身体は横にゆっくり倒れていき
上身がトサリと砂に沈んだ

もう何度目か分からないほど地に伏せてきたが
絶対に砂と仲良くなれることはないだろうと勇者の影はしみじみ感じて
たった今口に入り込んだそれを吐き出した





「俺は…、」



「…ん?」




「…いや、……何でもない」



言い掛けた言葉が止み
黒い帽子が前にうなだれるのが見えた



「まだ、影の世界に行く気があるのか」



「あるよ」



間髪入れず、その答えだけはやけに自信にあふれていた
主人公は溜め息が聞こえると予想していたが
勇者の影は不自然なほど静かで動きが無い
それでも声が聞こえるから勇者の影がそこに居て時が止まっていないのだと分かる




「分かった」



「……?」



「もう、一人で行動するな」



「ど…したの、どーいう…心境の変化?」



勇者の影があんなにも激しく反対したから主人公は一人で鏡の間を目指したというのに
勇者の影の表情が見えず真意も分からない主人公は力の抜けた顔でぽかんとしていた





「……早く、見つけたいんだろ…勇者を」



「そう、だけど」




腑に落ちないがそこまで問い詰めたいことでもなく
とにかく目的の地に滞りなく行けるのならそれでいい

ふぅ、と息を吐き目を閉じれば
睡魔がそよそよと寄り添ってきて主人公は抵抗無く眠りに落ちた

焼けるように熱かった傷跡はいつのまにか
右手からの光に癒されている





主人公の小さな寝息が微弱に空気を震わせる
それを耳に入れた勇者の影はようやく立ち上がった


壁のふもと眠り込む主人公と反対側に進み
壁と化している高い円舞台の側面に近づいた
冷えきったその壁に額を押しつけ、一度、堅くつくった拳をぶつけた

ただ彼が思うことは、悔やみ、憤り

その対象は自分の存在

光に鈍いだけの灰色の髪
碧くなどない眼の色
彩りも霞む黒


再び目標を定めて始動したかに見えた彼らの旅の

思いの中に見えないずれが深まるのを

感じたのは一人








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