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「……」


勇者の影はしばらくガノンドロフの去ったあとを見上げた
てっきりこの大広間に入り込んだ瞬間からあの男と交戦するものだと思い込んでいた勇者の影にはあまりにも拍子抜けで

しかし腕の中に静かに沈む主人公を見下ろせばそんな緊迫感はすぐに戻った


彼女とはぐれていた時間など半日ほどでしかなかったのに
たったそれだけの間に容赦無く傷つけられ見るに堪えない姿へと変わり果てている

最も痛め付けられた跡の深い右手に触れると
主人公は微かに身じろぎ薄く瞼を持ち上げる

勇者の影が呼び掛けようとする前にその存在に気付いた主人公は体を大きく跳ね上げて腕から抜け出していった



「…主人公?」


「や、め…っ、来な…で」


今はもう此処にはない筈の何かに未だ怯えきった様子で主人公は拒絶した
普段の無鉄砲で破天荒な様は何処にも見受けられず
ただの無力な子供か小動物のように逃げ惑う主人公は普段の彼女とは似ても似つかない


勇者の影は拒絶の言葉を耳に入れるが何のことかと分からず
そうして惚けている間に主人公は自身を抱きすくめ
止まらない震えを抑えつけていた




勇者の影は此処にくるまでに少なからずも彼女にぶつけたい言葉を用意していた

自分を置き去りにして無謀にも一人で行動し、それも影の世界に行こうとしたその行為に
いくらでも言いたい不平不満があった


しかし今の状況下ではそんな考えなど簡単に消え去り
どうにかしてでも主人公の錯乱を除いてやらなければならないという衝動にとりつかれ

恐る恐る、何とも覚束ない手つきで
小刻みに震える主人公の肩を引き寄せ
酷く力強く抱き締めた



「…っ、…ぅ…」


ガタガタと噛み合わない歯列が音を鳴らし
冷たい手は勇者の影の温もりを求めるどころか弱くも押し返している




「…主人公、主人公!」



主人公は完全に正気を失っていた

ただ少しでも安心させるように
勇者の影が手首を掴みこちらを向かせようと顔を覗き込めばそれだけでも彼女は必死に抵抗し
そこらの砂地に落ちている光の矢を慌てて掴み
定まらず不安定な手のまま深々と勇者の影の腕にそれを突き刺した





「!!ッ、…つ…」


「い、ゃ…、」



ジタバタと藻掻き勇者の影から離れた主人公は

彼の上腕にできた真新しい傷から吹き出す
色鮮やかな水の紅さを網膜に焼き付けた


光の矢を何度と無く刺し込まれてきた勇者の影が今にして血を見せるのは
やはり勇者の影が人間に近づいている証拠だった



勇者の影は初めて味わうような激痛に顔を歪め
それでもなお主人公に目を据えた




「主人公、」



「やだ、っ…」



「…何を、怯えている」



「来な、い…でよッ…」



抑えがたい身体の震えに
ズルズルと足をもたつかせる砂地の要素が加わり
主人公は殆ど距離を取ることができずに再び勇者の影の手に捕まってしまった





「や、っ…ひと、りは…ゃ、だ」




「一人…?誰が、」


「いゃ、なの…独、りは」




泣きじゃくるように言葉を途切れさせ時折声を裏返させる
言葉とは裏腹に勇者の影から逃れようとする筋の通らない行動
見たこともない彼女の様子に勇者の影は困惑をしつつ

それでも主人公の奥に隠れていた心裏を見られた気がして不純な歓喜を覚えた










「独り、ではない…俺が ――







「 リンク 」










自分の声も遠くの風の音も
周囲の色彩でさえも

全てが吸い込まれていくようだった




勇者の影は目を見張った


耳を疑った


理解できなった

理解などしたくなく
聞いたはずの言葉を頭が拒絶していた







「な、に…?」




「リ…ク…、リン、ク…」






俯きボロボロと涙が溢れていく


か細い声が紡いでいく



勇者の影の中に淀み膨らむ感情は留められそうもなかった

今の主人公には勇者の影の姿が見えていない
俯き雫を滴らせる眼は虚ろうだけで何も見ていない

それなのに唇から零れ落ちるのは此処に居ない人物を呼ぶ声のみ





「主人公…ッ、主人公!!」


「リ…ん く、」



「主人公…っ!俺は、『俺』は此処にいるんだ、主人公!!」




 どうして 何故



 人々は『彼』のことばかり求める






「奴の名を呼ぶな!!俺は、…俺が、此処に」




勇者の影は頻りに主人公の肩を揺さ振った

そして耳に忌まわしいその名前を、呟くのを止めさせたかった

自分を見て、自分を呼んでほしい
勇者の為に流れる涙など見たくはない


それなのに

主人公は無気力に身体を揺さ振られるだけだった





「俺がいるんだ…、お前の目の前に、…っ」




主人公がリンクを呼ぶ声が
次第に自分の存在を消していくのが分かった

他でもない彼女との繋がりの中に見いだしていた己が音を立てて崩れていくのが聞こえた





主人公は壊れたオルゴールのように幾度も勇者を呼び続け

勇者の影は誰にも聞き取れないその小さな旋律と伝い落ちる血の流れを感じた











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