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「最近のものはあまり好きではありませんねぇ、はっきり言いますと…それは細工の緻密さとその技術は素晴らしいのですがね」


「…」


「なんといっても魂が、えぇ魂が、感じられないのです…まこと悲しいことだ」

「…」


「その昔、お面にはそれぞれ命が吹き込まれていたものです…、生きたお面は、お面でありながら、多くの表情を見せてくれました…人々はいつも、お面に想いを込め、お面もまたそれに答えた、涙を流し続けるお面もあったのですよ」



「それは気持ち悪いだろ…」


勇者の影の呟きはお面の中でくぐもったが
お面屋はしっかりそれを聞き付けて残念そうな顔をし
涙を流すお面の素晴らしさを長々と返した



勇者の影はそんなことよりギブドのお面について語ってもらったほうが
いくらか聞く気が起こると思った

先程お面屋からほぼ無償で貰ったギブドのお面
それを被ると冴えない視界のおかげでお面屋のくだらないお面談義を聞くだけの集中力が無くなるので勇者の影にとっては強い味方であった

そしてギブドのお面はそれだけに留まらなかった



通路の前方に一匹のギブドがノロノロと動いているのを発見した勇者の影は歩みを止めた



「おい、ここで金髪の女を見かけなかったか?」


『キンパツ…知ラナイ、オレ、忙シイ』


「…何を急いでる」


『生ノ女ガ、入ッテキタ臭イスル…オレ、食ベタイ、生キタ人間、久シブリ…オレ腹ヘッタ』


「気のせいだろ、貴様は死んでるから腹は減らない筈だ」


『…ソレモ、ソウダ…オ前、冴エテル』



歩みを止めて一人唸るだけになったギブドを尻目に勇者の影は進み
お面屋も後を追う


なんとも便利なことに
ギブドのお面はギブドと会話ができるのだ




「どうです?まったく、そのお面は素晴らしいでしょう?」


「確かに…、これ程の物とは思わなかった」



勇者の影はお面を顔から外し片手に収めてみた
ずっと被っていたにもかかわらず蒸れてはいないし
むしろ少し肌が滑やかになった感じもして勇者の影は自分の頬を摘んでみた


「ほっほっほ…お気に召したようですね、えぇ、実はマイナスイオンも出るようにしてあるんですよ」


「ああ、大したお面だな」



勇者の影は再びお面を被り向こうからやってくるギブドに話し掛けた

その間もお面屋は特有の笑顔を絶やさず揉み手と猫背のセットで勇者の影の傍に立っていた




「…何故貴様はギブドに襲われない?」


「それはまったく、…んん〜…何故でしょうかねぇ、きっと貴方の傍に居るから仲間だと思われているのでは?」


ほっほっほ、と重そうな荷物を背負う肩を揺らして笑うお面屋に勇者の影は顔をしかめた
分からない、と口では言っているが全てを見通しているかのような心の内が少なからず態度に滲み出ていた



「…、そういえば……貴様の捜し物は何だったんだ」


「おぉ!よくぞ聞いてくださいました!…ワタクシが探しているものは『ムジュラの仮面』という代物なのです…貴方についていけば、きっと見つかる、と思っていましたが」


なかなか見つかりませんねぇ
と、口元は怪しく笑み
薄ら開かれる眼が勇者の影を見上げた


勇者の影はいよいよ鋭い目付きになってお面屋を睨んだ

この男は勇者の影とムジュラが一応ながら仲間であることを知っている
そう直感した




「ムジュラを…、…それを見つけたら、どうするつもりだ」


「もちろん大事に大事に持って帰りますとも」





「仮面が…嫌がっても、か?」






ピタリ とお面屋の動きが止まった


誰かがその男の電源スイッチをきってしまったかのような停止だった

この男の普通ではない動き一つ一つに
ムジュラとはまた違った気味悪さを勇者の影は覚えた


次に発するべき言葉を慎重に、慎重すぎるほどに探しているのか
それとも勇者の影が投げた質問に返答するための機能など搭載されていない機械なのか

幸せのお面屋は静止したままピクリとも動かなくなってしまった




「おい…―


「あ、勇者の影!ナンでここにいんノ?」


能天気とはこのことを言うのだ、勇者の影はそう思いながら
バッ、と風を切る勢いで振り向いた

勇者の影の背後には人の姿をしたムジュラ
それから亡霊姉妹(二名気絶)が控えている


勇者の影は何か恐ろしい寒気を感じ
振り向きムジュラを見た直後に固まってしまった

その寒気は周囲の空気など関係なく
勇者の影の脳裏に過った恐ろしい予感だった

この場所にムジュラが居合わせてしまったのは自分のせいではないのに
ムジュラとお面屋を引き合わせてしまったのは自分であると
そしてそれは漏れなく最悪の結果が生じる、と勇者の影は感じて固まってしまった


ムジュラはムジュラで勇者の影のそんな状態に気付きもせず
真っ先にお面屋を視界のなかに入れて目を見開き立ち尽くした
先程自分の中で処理したはずの恐れが甦ってきた



三者三様に動きを止めてしまった中
一人意識のある亡霊エイミーは居心地の悪さにうろうろして時にムジュラに話し掛けた




三人の中で最初に動いたのはお面屋だった





「貴方…、ムジュラの仮面ですね?」




疑問形、語尾を上げる台詞でありながらこれほどに確信に満ちた喋り方は真似できない、とその場の誰もが思った




「お、オ、…お、お面屋、サンッ!!?」


お面屋が言葉を発した瞬間に呪縛が解かれでもしたように
ムジュラは言葉を発して後ろに走りだせるようになった



「ほっほっほ…逃がしませんよ!!」



そんな言葉を勇者の影が聞いたときにはもう『それ』はムジュラの後頭部へ飛んでいき直撃していた

ゴン、と鈍くもない音が鳴ってムジュラは通路に倒れた



「イッ、て…な、何だヨ今の!?」


「石コロのお面です、目立たないからと言って侮ってはいけませんねぇ」


お面屋は揉み手をしながら小さな歩幅でムジュラに近付き
役目を果たし通路に落ちた岩のようなお面を拾い上げた

もっとお面を大事にするにやつだと思っていたお面屋の
お面を投げて足止めするなんていう行為に勇者の影は茫然とした





「さぁ、行きましょうか…ここは貴方の居るべき世界ではない」



お面屋は起き上がらないムジュラに手を差し伸べた

ムジュラはウッ、と声を詰まらせてその手を見た







「な、何ですの…あの方は!?」




勇者の影の袖を控えめに引っ張りエイミーが訴える

しかし勇者の影の知ったことではなかった
あの男は自称幸せのお面屋
それしか言いようが無い



「俺が知るか、大体貴様が何故ムジュラとつるんでここにいる」


「そんなの私も知りませんわ…ただ、…っ!?そうですわ、あの方が、主人公という方が危ないんですのよ!!」



「何だと…?おい、どういうことだ」



説明しろ、と詰め寄る勇者の影に気押されるも
なんと礼儀がなっていないのだろうとエイミーは憤慨した



「魔王様がいらっしゃったのよ、今この時も彼女は追い詰められて…あらっ!ちょっと!!」



勇者の影は最後まで聞かずに走りだした
何処に行けば主人公のもとへ辿り着けるのかなど分からないが
少なくともその方向に向かってムジュラとエイミーがやってきたということだけ分かっていた




「ムジュラさんを置いていくおつもり!?」


エイミーが反射的に彼を追い掛けて叱り付けるように言うと
勇者の影は走りつつ肩越しに後ろを見た



ムジュラが冷たい音を響かせ
お面屋の手を叩き払っていた







「あいつは大丈夫だ」







勇者の影は前を向き改めて疾走した







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