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「ムジュラさん!!」


「うぇ!?なんなのオマエ!」


「私たちを置いていくなんてひどいじゃありませんか!まったく紳士じゃありませんわ!!」



暗い通路を走るムジュラに追い付いた末っ子エイミーが泣きそうな声で叫んだ
さっさと気絶してしまった次女ジョオと、恥ずかしい妄想にショートしてしまった三女ベスを手に引きながらムジュラと同じスピードで飛んでいる



「だってオマエら女の子じゃないシ、ただのポウじゃン」


「差別!亡霊差別ですわ!」

「ボクだって仮面差別にまいにーチ苦労してんダヨ!!」


「そんな、ことより…!どうしてこんなに走ってらっしゃるのかしら」


そんなこと、とあしらわれてしまったことに不満で尖らせた唇はすぐに引っ込められた
ウッ、と言葉を詰まらせるムジュラはまだ嫌な汗をかいている



「煩いウルサイ!!ボクはこんなところで捕まりたくないダ!」


「誰に捕まるっていうんですの」


「笑ッタ顔の厭らしいヤツ!」


しつこくも問いただしてくるエイミーに立ち止まって振り返ると
ムジュラもうっすら涙を張った緑眼で怒鳴った

しかしムジュラがそこまで恐れるものが具体的にどんな危険を孕んで近づいてくるのか
エイミーには知る由もなく想像も出来ない



「そんな、…よく分かりませんわ、いったいどうすれば」


「だから逃げレバいいだろ!」


ムジュラはそれだけ言うと再び暗い通路を走りだした
今の彼に他人のことまで気に掛ける余裕はないのだ




「私は…逃げられませんわ」




「ハ?」


「私も、ベス姉さまも、ジョオ姉さまも…此処から出られませんもの」



エイミーはもうムジュラを追い掛けることはせず
放心したような力の無い声でそう言った

ムジュラもいつのまにか立ち止まってしまった




「ナニ言ってんの?」



「…ムジュラさん、死者が、何処へ行くかご存じですか?」



「ハァ?」



ムジュラは段々と苛立ちを隠せない表情になった

此処から出られない、逃げられない、とエイミーは言った
しかしムジュラはこの処刑場の外で
砂漠ではない湖で
彼女達の長姉メグと遭遇したのだ
その矛盾さに糸口が見えないムジュラはこめかみをピクピクとさせるばかりで

その上、何の脈絡もなく
死んだ者の行く末の話題なんて持ち出されては口調をやわらかく保つことはできない



「私たちは…」


「ボクそんなの興味ナイし」


「なっ、こういう時は静かに相手の目を見て話を聞くのが…」


「そうやってドージョー引いてればボクが助けるとでも思ってンノか?」



「っそ、そんなこと!」



もはや紳士らしさの欠片も残らない目の前の人物に
エイミーが言葉も返せないでいると
ムジュラはペッと唾を横に飛ばしてまた逃げることに撤してしまった










「…逃げるのですか?あの方を置いて?」







静かな声色に対して
エイミーが投げ付けた緑の松明は痛いほどの音を立ててムジュラの後頭部を打った



「あの女性はムジュラさんの家族ではないのですか」


「……カゾク、何それ?」

家族、というよりもそれには『仲間』というような言葉が当てはまるべきに思われた
ただエイミーにとって最も信頼できる関係が『家族』という名詞であるに過ぎなかった




「…私たち姉妹は、この建物のあらゆる場所に色火を置いていますわ、…だからその方の居場所も、何をしているのかも、誰が傍にいるのかもすべて見えますのよ」


ムジュラは自分の頭に当たってカラカラカラ、と虚しく床に転がるエイミーの松明を憎々しげに手に取った
エメラルドグリーンの濁り無い炎の中を見つめてもムジュラには何も見えない





「殺されてしまいますわよ、あの方、だって今…魔王様が彼女の傍にいらっしゃいますもの」






「……主人公、が」







エイミーは姉達を掴んだまま浮かび
足も無いのだがその様はまさに立ち尽くしているようにも見え
今にもこの長い通路の暗闇に溶けていきそうだった


ムジュラは背後に視線を移した
そちらからは乾ききった冷風が流れ
外の明るさもほんの少しだが感じられる





(主人公が、殺さレル…?)




ムジュラは知らない内に袖の中で自分の手を掻き毟り爪を食い込ませていた

薄く目蓋を伏せて俯き
誰にも聞こえないような声で一人呟き始めた



 知ら ナ ィ


どうして 誰 ガ

動か ナ ク  なる の

だれ ガ

  何 家族 っ テ


ド ウ シ テ 僕が
          ねぇ

  オマエは
  オマエが 僕の親ナンでしょ

 イヤなの、に ネエ


主人公

   死 ぬの

ソんなの

     ダレか に殺さレル
   ナンて

許さナイよ









「ムジュラ…さん?」



「案内シロ、そこに」


「え!?」



ケヒヒヒ… 、と奇妙な声を上げ深く目を閉じ目を開く

そして顔を上げてエイミーを見据えるムジュラの顔には
恐怖など見知ったこともない、というような余裕の笑みが浮かんでいる


ムジュラは自分の唇を味わうよう舐めあげ
乾いた風に背を向けた






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