AM | ナノ







(何だこの変態は…)


男はニヤニヤと眼を細めて勇者の影の顔を眺め
あらゆる角度も見逃すまいとするように勇者の影の周りをうろつき見ていた
ときたま素晴らしいとか、勿体ないとか言葉を発している


しかし一つ不可解なことに気付いた

何故、いつまでたってもギブド達の剣が振ってこない?
何故、目の前の男は普通に歩いている?


気が付けば妙に部屋の中が静かだ

あの鼠のような声も、ギブドの叫びも何も無くなり
掻き消されるはずの男の足音と笑い声がしっかりと聞こえている

勇者の影が重い身体を無理矢理捻り
自分を取り囲んでいるギブドを見上げた
しかしそれらはオブジェのように固まり剣を振り上げたままだった



「……?止まっている、のか!?」



「はい、しかし貴方…随分と、沢山のグースを貼りつけていますねぇ」


小柄な男が勇者の影の体全体を見て感心したように笑う
どうやら男には勇者の影にまとわり付いているものが見えているらしい

勇者の影は見えないながらも身体につくそれらを地道に払い落とした
何もかもが動かなくなっているこの空間でそれは容易いことだった



「…それで、貴様は何なんだ」


「ワタクシは幸せのお面屋、世界を周るお面商人です…ほっほっ」


「…(胡散臭い、明らかに怪しい)」


「おや、疑っていますね…そんな貴方には、少し、幸せを贈りましょうか」



お面屋は背中の大きな荷物の外側にかかるお面の一つを差し出してみせた



「…何だ?」


「これはギブドのお面といいます」


勇者の影は最後に肘にかじりついていた見えない鼠を床に叩きつけてそのお面を覗き込んだ

包帯をグルグル巻きにされたミイラ男の顔面部分をすっぽり取り外してきたようなお面だった

勇者の影は背後に構えたまま止まっているギブドを見上げた

そして再びそのお面を注視した


どうもそのお面は
ギブドというにはあまりにも可愛い仕上がりになっている
腐った肉体にボロボロの包帯が役目もなく巻き付いている、そんなひどく不気味な本物のギブドの顔面とは似ても似つかない




「これを被れば、あっという間に、貴方でも死者の方々とお近付きになれますよ」


「お近付きになってどうする」


「それは被ってみれば分かります、きっと貴方の力になるはず…あぁ、まだ疑っていますね…信じなさい、信じなさい…」


半ば強引に手にお面を押しつけられた
勇者の影はやはり疑いながらもそのお面を目の前に持ってきてそっと被った


そしてお面越しの冴えない視界で部屋の床を見た勇者の影は驚いた

おびただしい数の鼠の魔物が勇者の影の周りの床に散らばっているからだ


「これは…」


「ポウグースですねぇ、えぇ、なかなか、生きている人間の眼には入りにくいものでしょう」


「死者に『近付く』とはこういうことか」



一度ギブドの面を外して見たそれは
最初に見た時よりとても頼もしく思えるものだった



「代金は結構ですよ…ほっほっほ」


「最初からルピーは持っていないが」


「えぇ、しかし…代わりといっては何ですが、ワタクシの捜し物を手伝っていただけませんか?」



「そんな暇は、ッぅぶ!!?」


そんな暇はない、と言うはずだった勇者の影の口にギブドのお面を押しつけ
さらにお面屋は勇者の影の肩をガクガクと揺さ振って笑みを深くした


「おぉ!引き受けてくれますか!?何と頼もしい御方だ!」


「だ、誰がッ…こ、やめろ!!」



迷惑はなはだしく掴み掛かるお面屋に抵抗しつつ
揺さ振られては本心ではない頷きをせざるをえなくて
勇者の影の中で確実にその男への嫌悪が蓄積されていった






[*前] | [次#]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -