「いぃぃぃぃゃやぁぁぁぁぁあああーーー!!!」
「誰かぁぁぁー!人殺しいぃぃストーカァァああーー!」
「助けてぇぇェェ!!……あら?でも私たちもう死んでますわ」
気分的にはもう光速を超える速さで彼女達は逃げていた
しかしその三匹は本来なら恐怖など持ち合わせていない
むしろ恐怖を与える側の亡霊であるポウの姉妹だった
何から逃げているのか、と聞かれれば彼女達の進む方向と逆方向を見れば一目瞭然なのだ
「待て待テぇぇ!!逃げンナ三姉妹!!」
「……」
片や愉快な笑顔を振りまいて
片や無言で目を紅くしながら
どちらも到底普通とは言えない走りを見せる追跡者
二人の仲間と思われる女、主人公のことを匂わせる発言をした途端に血相を変えて勇者の影とムジュラが攻撃的に追い掛けてきたのである
しかし緑のエイミーが気付いた
自分達は死んでいるではないか、と
「そうだったわ、逃げる必要はないのね!」
「そうですわベス姉さま、もう退魔の剣を持つ者は消されたんですもの」
「それに…もう『此処』におびき寄せてしまえば、あの二人もそう素早く走れはしないわ」
クスクス…
と声を漏らすジョオにベスもエイミーもつられて笑う
ポウの姉妹は通路を抜け、青白い炎が照る部屋に行き着くと逃げることを止めてフワフワと浮かぶだけになった
「ナーンだ、もう鬼ごっこはナシ?」
「えぇ、残念ながら…貴方たちの途中棄権になってしまいましたわ」
チュー …
「……どういうことだ?」
「クスクス…ッ、目に見えない恐怖というのは、視覚に頼る人間の弱い部分ですのよ」
チュー ちゅー
「…?」
「私達はこんな身ですから、そうして恐怖に倒れる方々をたくさん見てきましたの」
チューチューチュー
「何を企んでいる」
「クスクス…ッ、企むも何も、もう起こっていることですわ」
チュー チュゥ チューチュー
「?…おい、さっきからチューチュー煩いぞ」
鼠のような鳴き声の多さに反比例して
先程から自棄に静かになったムジュラを振り返れば
見えない何かと格闘するムジュラの滑稽な姿が勇者の影の目に飛び込んできた
「、わっ…チョ、キモぃぃ!!」
「何をしてるんだ」
「な、ナンカ居るんだよ!チューチューがいっぱい」
会話する間にも耳障りな鳴き声が増えていく
勇者の影がポウ達に、どういうことなのかと聞こうと再び振り返ったが
身体が鉛のように重く思い通りに動くことができなかった
勇者の影は自分の周囲にもまた、チューチューという声が聞こえることに気付いた
「な、何だこれは!?」
「クスクス、クスッ…!そのまま見えないものの恐怖に脅かされるだけならいいのだけど…ねぇ、ベス」
「クス…えぇ、姉さま、もうこんな時間ですもの…この処刑場の有望な騎士の方々が目覚める頃、そうよね、エイミー」
「はい、皆様空腹ですから…直ぐに匂いを嗅ぎつけて来られますわ、くすくす」
「……!!」
ポウ達を追い掛けて走ってきた通路の方から低い呻き声が何重にも響いて聞こえる
同時にヒタヒタという不揃いな足音も多く耳に入る
そんな不気味な音を立てる者達ならやはり正気ではない、話の通じないのが通例である
「勇者の影、…なんか気持ち悪いコエがするゾ」
そして勇者の影は思った
ムジュラの笑いの方が気持ち悪い、と
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