「勇者の影、…勇者の影」
体を揺すられ名前を呼ばれ
うっすらと目を開けると慌てた様子のムジュラがいた
こいつでもこんなに慌てることがあるのかと感心していた勇者の影
なかなか起き上がる様子を見せなかった為にムジュラから往復でビンタを貰う羽目になった
「貴様っ、」
「主人公どこ!?」
「は…?」
「主人公が居ないよ!」
勇者の影は寝呆けた頭で漸くその意味を理解し周囲に視線を配らせた
いつの間にか日が沈んでいた砂漠の小屋の隅
今まで横たわっていたらしい自分と目の前のムジュラ以外に誰も居ない
「…居ないのか?外にも」
「居ないからワザワザ勇者の影を起こしたんダロ!バカちん」
「貴様は何を、そんなに慌てているんだ?」
こんな取り乱し方をムジュラはしない
むしろトラブルの発生を楽しむくらいだ
それを重々に知っている勇者の影はムジュラの様子を訝しんだ
それを問い掛けられるとムジュラはうっと言葉を詰まらせて
じわりと目に涙を浮かべた
それ以上何も言わなくなったムジュラに困惑しながら
やはり主人公の行方が気になり勇者の影は立ち上がる
何処かをふらついているだけならいいのだが
― 私はどっちにしても、
影の世界に行くつもりだった
頭を過った嫌な考えを打ち消そうと
勇者の影は懐を探った
主人公が一人で影の世界に行くとしても
大妖精からもらったあの白いメダルが無くてはそれは叶わないはず
そのメダルは先程地下の洞窟を出てきた時に主人公から奪ったが
メダルはもはや勇者の影の手元には無い
「っ、あの女…!!」
勇者の影は砂漠の処刑場の方向を睨み
首からぶら下がる鎖を自分の手に持ってその入り口を目指し走った
「へ…っな…、待ってヨ!!」
ムジュラはしばらく呆気にとられていたが
慌てて勇者の影の背を追い掛けた
勇者の影は無意識に手に力が籠もり
クシャッと何かが音を立てた
見れば小さな紙片があり
どうやらずっと握り締めていたものらしい
しわを延ばして見れば小さい走り書きが残されていた
『塩水飲みなさい』
「……塩、?」
謎のメッセージが数分間脳内を駆け巡った
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