第50回フリーワンライ「In a spaceline hub」

第50回フリーワンライ「In a spaceline hub」
twitter→5/23付つぶやき

お題:
両片思いの中間地点
月とチーズケーキ
不揃いの豆
息ができないほどに、囚われる
白雪姫



ジャンル:近未来 SF 両片思い(未満?) 



1878文字






――昔々、ある少年が、地面にいくつかの豆を蒔きました。不揃いな豆はあっという間に芽を出し、絡み合いながら背をぐんぐんと伸ばして、気づけば天高く届くほどになっていました。
人々はそれを、神が授けた魔法の豆と思いました。奇跡の豆を伝って上に行けば、きっと幸せが待っている。そう考えた欲の多い人々は、我先にと太い茎に手をかけて登り始めました。ところがどうでしょう。雲の上に待っていたのは、長い爪と牙を持つ巨人でした。欲深い大人たちはぱくり、ぱくりと食べられて、地上には欲のない善良な少年たちが残されました。

「……で。それは何の比喩なのかしら」
机に頬杖をついた彼女が、ため息をつく。真っ白な指先が妖艶に頬を包み込んでいて、僕の視線は釘づけになる。
「いや?別に」
そう言葉を紡ぐのが精いっぱいで、僕はぱたりとノートを閉じた。走り書きの物語は、もう日の目を見ることはないだろう。
「嘘ばっかり。貴方はいっつも、何かしら裏に隠しているでしょう。言葉にも小説にも」
「そんなことないよ」
彼女の真っ赤な唇から、再びため息がこぼれる。その艶やかさに息ができないほどに囚われそうになって、僕は思わず外の景色へと視線を送った。
超強化ガラス張りの窓には、星々が広がっている。はるか遠くには、白い月。
首を捻って反対側へ視線を送れば、青く光る地球が見える。
「……年寄はせっかちね」
彼女の言葉に引き戻されて、視線の先をたどる。数人の男性が立ち上がり、荷物をまとめているところだった。その奥の扉には、すでに数人の列ができている。
「まだ行かなくて良いの?」
「ええ、次便はあと1時間も先よ。ゲートが開くのも、その20分前。今から並んだら、足がむくんじゃうわ」
かつん、と彼女のヒールが床で鳴った。
“地球行き408便、間もなく発車いたします。お乗りになる方は1番ゲートへと――”
「貴方こそ良いの、発車するわよ」
「構わないさ。だってまだ、君の頼んだものが来ていないじゃないか」
「別に、待っていなくたって良いのよ」
「待ちたいんだ」
「……そう」
彼女が頬杖をついていた手を、口元へと遣る。わずかに頬が赤い気がするのは、僕の目にかかるフィルターのせいだろうか。数度口に出しては怒られているから、きっとそうなのだろう。
「お待たせいたしました。ルーナ・チーズケーキとアイスコーヒーのセットでございます」
むくれたような彼女の前に、濃紺の皿が差し出される。その上にちょこんと乗ったこのハブ空港名物チーズケーキは、月を模して真ん丸だ。粉砂糖が、宇宙に広がる星々のように皿の上で瞬いている。
「あ、僕もアイスコーヒーをお代わり」
一礼して下がろうとするウェイトレスをとどめて、追加の注文をする。緊張して喉がカラカラで、あっという間に飲み干してしまって、彼女の呆れたような視線を受けたのはノートを取り出す前のことだ。つい先ほどのことなのに、なぜだか遠く感じる。
「じゃあ、いただきます」
彼女の細い指が、フォークを手に取った。そのまま月のようなチーズケーキを切り出して、ぱくりと口に運ぶ。昔々に読んだ白雪姫のように白く美しい彼女が、大好きな甘いものでほんの少し頬を緩めるその瞬間を目にするのが、何よりも大好きだ。
たとえ、地球から遠くても、たくさんのお金がかかっても、度々ここへと足を運んでしまう。
きっと彼女から見れば、僕はこの地球-月間エレベーターやこのハブ空港が大好きでしょっちゅう遊びに来る、少し変わり者の文学青年なのだろう。
それでも構わない。机を共にしてくれるだけで、僕は嬉しい。
「……さっきの話だけれど」
「うん?」
突然のことで、何の事だか一瞬理解が追い付かなかった。追って、先ほど見せた物語未満の文章のことだろうと気が付く。
「…………天の上には、巨人しかいないのかしら」
淡々とチーズケーキを口に運びながら、彼女が問いかける。それを耳にして、僕はにんまりと笑う。
「……ううん、まさか。続きがあってね」
先ほど閉じたノートをぱらぱらと捲り、ページを開く。
「……時は流れて、豆の木がしっかりと地面に根を張ったとき、一人の勇敢な少年が、豆の木を登るんだ。高い高い雲の上の、さらに上、巨人たちを通り越したその先には、黄金に輝く世界が待っていたんだ。そして少年は、見目麗しい少女に出会う」
「そして恋に落ち、結婚して末永く暮らしました。めでたしめでたし、かしら」
「さあ、それはどうなるだろうね。彼ら次第かな」
にっと笑って見せ、僕は月へもう一度、視線を送った。彼女の手元のケーキは、あと半分残っている。
もう少し居ても良いかな。この両片思いの中間地点に。


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