第104回フリーワンライ「香辛料を求めて幾光年」

第104回フリーワンライ「香辛料を求めて幾光年」

お題:全部
一粒の水
嘘つきの空
触らないで
壊れた玩具
スパイスをきかせた恋はいかが?

ジャンル:オリジナル SF 壊れた宇宙船




 壊れた玩具を動かそうとする子供のように、男は躍起になってボタンを押す。全身全霊でレバーを引く。どれもこれも、反応しない。
 非常灯のみついた室内、省電力モードになった液晶には静かに、「WARNING」の文字。船体の破損個所が示され、その個所を移した粗い映像が片隅に映る。
 丁寧にパッキングされた積み荷がいくつも、宇宙空間に吸い込まれていく。永遠に宇宙を漂うスペースデブリになるか、宇宙海賊を名乗る回収船の収益になるか。
「……くそっ」
 もう一度深く、ボタンを押し込む。光の消えたボタンは無機質に、ばねの感触だけを指先に返してくる。
 そもそも、どんな処置も手遅れだ。船体の右腹に開いた巨大な穴を埋めるほどの資源は、商宇宙船に乗っていない。そんな重量の余裕があれば、1gでも多く、積み荷を乗せる。
「…………ここまでか」
 ぽつり、男は呟くと、椅子の背もたれに寄りかかる。
 船員は緊急ポットで脱出させた。無事に人の住む惑星やどこかの宇宙船までたどり着ければ御の字、といえるほど星の密度が薄い場所ではあるが、宇宙の藻屑にしてしまうには惜しい人材たちだ。
 あとは、夢でも見ながら、船と最後を共にしよう。
 背もたれに体重をかけ、天井を見やる。地球の赤道直下の海から見えるという、眩しいほどの太陽と深く青い空。今の心情とは全く相いれない、鮮やかな空模様。船内の空調が壊れたのか、余力をフル稼働させる機械が発する熱気か。暖かい、というよりも熱い風が顔を撫でたような気がして、嘘つきの空を見上げたまま、男は目を閉じた。


この大航海時代のご時世、香辛料は高級品だ。
とはいっても、地球の歴史上存在したという一時代ではない。惑星開拓がひと段落し、新たな星々の開拓、あるいは自分たちの星にないものを求め、夢追う人々が無限の宇宙に乗り出す時代。
なけなしの水と味気のない食料、サプリメントで過ごしていた人類にとって、豊かな味のバリエーションは、次なる課題となっていた。いち早く香辛料の栽培に成功させた星には、怒涛のように周囲の惑星から注文が入る。同じ重量の金銀や各惑星の特産品、資源と交換。それほどの価値がある。非常な高値で売れるため、食糧よりも先に香辛料栽培を始めた星すらあるくらいだ。
 そこには商業も大いに絡み、男もある巨大な貿易会社の一員として、船を操っていた。「スパイスをきかせた恋はいかが?」各惑星をにぎわせたであろう広告が、脳裏をよぎる。
 地球由来の種を用いたという、香辛料の栽培に成功した惑星。まだどの惑星でも栽培に成功していない。宇宙に飛び出して久しい人類が、数百年ぶりに口にする味。
 数光年を旅し、山のような資源との交換で香辛料を買い付け、また数光年かけて豊かに経済成長を遂げた惑星へと届ける矢先の、小惑星帯突入だった。気づくのが遅かった。他の船より一日でも早く着こうと進路を一人変え、勝機を焦るあまり、航路を読み違えた。普段通る航路に入ったとたん、全自動航海モードに任せ、天体図さえ触らないでいた。船長である自分の怠慢が招いた事故だ。だから、船員は逃し、自分は船と運命を共にする。
 過去の記憶がよみがえる。ああ、これが走馬灯というものか。じわりと熱いものがこみ上げ、一粒の水が頬を伝うことなく、目じりに付きまとう。
 なんとなく、息苦しくなってきたのは、気のせいだろうか。
 かすかに目を開ける。正面の液晶には変わらず赤文字、そして片隅のカメラには、最後の一つとなった積み荷が見えた。
 荷物や船と共に宇宙に沈むなら本望だ。
 深く帽子をかぶりなおすと、男は指を組み、再び深く背もたれに寄りかかった。

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