第103回フリーワンライ「遊具」

第103回フリーワンライ「遊具」

お題:全部
最期の○○(○○内は自由)
愛玩
締切りは明日
雲はどこにゆくのか
蝶のように

ジャンル:オリジナル SF コロニー




「第五次惑星降下部隊、応募締切りは明日までとなっております。皆さまお誘いあわせの上、惑星の発展を担う降下部隊へ――」
 船内同時放送を聞き流しながら、天野(あまの)は人工芝生に寝転がった。
 コロニーの一角に作られた小さな公園。ブランコを漕ぎ、人工砂で山を作り、土の感触を模した床を走り回る子供達。地球に居た生物がモデルだという、三角の耳が頭頂部についた愛玩ロボットを散歩させる老夫婦。外回りの途中、サボりたいときにこっそり来ても、おおらかに包み込んでくれるような空気。そんなのどかな空間の片隅には、最近置かれた大きな「遊具」があった。
 銀色に光る筐体。ハッチさながらの感触で扉が開閉し、中は色とりどりのスイッチやレバーを模した「操縦席」がある。その後方には滑り棒と、床に敷かれたトランポリン。腰に収縮する紐をつけ、低重力を経験できるコーナーには、子供たちが列を作っている。
「順番だよー、必ずみんな挑戦するようにねー」
 どうやら、今日は遠足か何かで小学生の団体が来ているようだ。教師と思しきジャージ姿の女性と、いつも監視員として立っている、笑みを湛えた壮年の男性が一人。いつもと同じ、背中にロゴの入った青色のベストを着て、シャツにチノパンに運動靴というスタイル。近ごろ、男性と同じ格好の人が町中に増えた気がする。小中学校の周囲だけでなく、天野の会社の近くでも見かけるようになった。何か呼称があったような気がするが、失念してしまった。
 子供たちが和気あいあいと遊ぶ光景をしばし眺めた後、天野は天を仰いだ。天空ホログラムに、青空と雲が映し出されている。本日は晴れ、雨の予定はなし。外れることのない天気予報は、梅雨があと三日で開けると宣言していた。
 ホログラムの空で、雲はどこへゆくのか。太陽はなぜ、夕方に赤くなるのか。哲学的な思いに浸っている彼の思考を、きゃあきゃあとはしゃぐ声が打ち破った。少しだけ渋い顔ををしながら、天野は再度、「遊具」へと視線を向ける。興味深げな顔、やってやると自信に満ちた顔、怯えの見える顔。様々な表情を浮かべながら並ぶ子供たちに、壮年の男性が声をかける。
「大丈夫だよ、おじさんが絶対に見守っているからね。危ないことはないからね、怖がらずに挑戦してごらん。楽しいよ」
 俺は怖くないもーん、俺だってー、私もー、と声が上がる。既に体験を済ませた子供たちは、目を輝かせて興奮気味に、感想を言い合っている。
「もしかしたら、これ、近いうちに学校に置かれることになるかもしれないからね。そうしたら、いつでも遊べるよ」
 やったー、とひときわ大きな歓声が上がる。紐を身に着けながらも引け腰だった少年の顔に、わずかな赤みがさす。
「さあ、勇気を出して」
 ぴょん、と少年が飛び上がる。さなぎから飛び出したばかりの蝶のように、ぎこちなく、それでも確かに低重力の感覚に馴染もうと、懸命に手足を動かしている。
 壮年の男性はにこにこと人当たりの良い笑みを浮かべながら、その目は少年から一瞬たりとも離されることはなかった。
 子供たちをしっかり見守ってくれる、良いおじさん。
 最近は、町中であのベストを見かけると、なんだか安心するようになったわ。
 先の休日、子供たちを遊ばせながら立ち話をしていた母親たちの言葉が脳裏をよぎる。天野は芝生の上で体を動かし、「遊具」に背を向けた。
 ――天野、知ってるか、最近公園にいる男。船内連合政府の指令を受けて来ているんだってよ。あの遊具だって、政府が設置させたものだ。あれを使って、子供たちの惑星降下の適性を見ているんだってのが、俺たち業界の目下の噂だ。市民にゃ、ひとっ言も、伝わってねぇけどな。
 数か月前の酒場で、金属加工を営む親友から耳打ちされた言葉が、脳裏をよぎる。彼もまた、天野と同じように、惑星降下には応募しないと豪語していた。それなのに第四次降下部隊のリストには彼の名があり、それ以来一切の連絡が取れなくなっている。
 別の噂が、続けて思い浮かぶ。降下部隊に参加し、惑星に降りたはずの身内や知り合いとの連絡が、ほとんどつかないと。電話が通じても、口調やアクセントは同じはずなのに、どうも機械的に聞こえる。あるいはメールも、どこか、なにか、言葉にできない違和があると。市民に膾炙する噂を笑顔で打ち払ったのも、あの男の仲間たちだった。惑星とは距離があるのだから、ノイズが発生しても仕方がないと。あるいは環境の変化に慣れるのに必死で、どうにも事務的な応答しかする余裕がないのだと。柔らかい笑顔で語る彼らに人々は安堵し、やがてそれらはいつの間にか、話題に上らなくなった。
 ――良いか、今はまだ惑星降下も応募制とか言っているけれどな、そのうち義務制になるぜ。適性が少しでもある奴は、片っ端からおろされる。惑星にな。……いや、適正があろうがなかろうが関係ねぇ、なけりゃ無理くり訓練させられて、惑星に放り込まれる。んで、……使い倒される。何が起きてるか知らねぇけど、たぶん、とんでもねぇことだ。俺はそう思っている。俺もお前も、そのうち、やられんぞ。
 親指を下に向ける挑発的なポーズで、それでも目の奥に真剣な、そしてわずかに怯えた光を灯らせて、囁いていた親友。
 あれが最期の言葉だった、なんて言わせねぇぞ。どこにいるか知らねぇけど、一言で良いからメールくらい返しやがれ。
ふ、と目を細めたところで、顔に影がかかるのを感じた。
 目の前の芝に移る影は、人間の形をしている。ぞくり、と背筋が泡立つ感覚と共に飛び起きると、かの男性が、柔和な笑みを浮かべて立っていた。子供たちの姿は既にない。
「今日は、お休みですか」
 男性が口を開く。彼の後ろから降り注ぐ、夏の太陽光を模した光が顔に影を落とし、表情がうかがえない。
「……や、ちょっと、外回りの最中で、昼休憩にしようかなと」
「おやおや、そうでしたか。――どうです、貴方も体験していきませんか、あれ」
 男が指差す先には、かの「遊具」がある。
「子供向けの遊具ですがね、なかなかどうして、大人が遊んでも楽しいんですよ。よろしければ、是非」
「や、……遠慮しておきます、スーツだし」
「そうですか、それは残念。ですが、きっと貴方も気に入ると思いますよ。」
 眉を下げながらも口元の笑みは崩さずに、男が淡々と言葉を続ける。
「――ところで、降下部隊にはもう応募なさいましたか、天野さん?」

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