第100回フリーワンライ『揺蕩う姫は何を想う』

第100回フリーワンライ『揺蕩う姫は何を想う』


フリーワンライ様、第100回目の開催おめでとうございます。



お題:全部
氷雨
やがて死にゆく星は
掴まれた心は浮遊する
川は海へと繋がる
「意外だね」で文章を始める
アポトーシス
リンドウの髪飾り
学級裁判
届きそうで届かない
羽毛布団


ジャンル:オリジナル SF寄りのファンタジー 王族





「意外だね」
ドーム庭園の水の始源。高くから降り注ぐ光を浴びて輝く、清らかな泉のほとりで、一人の青年がつぶやいた。金や銀の糸が施された、質の良い服。広がった袖が濡れるのもいとわずに、流れる水へと片手を浸す。
「そうでしょうか」
 隣に腰掛けた少女も、衣擦れの音を立てながら、芝生へ置いていた片手を持ち上げた。その手には、可憐な白い花。その花びらと同じ純白のドレスが、芝生になだらかに広がる。
 少女の細い手が、泉の水面へ花を置いた。ゆるりとした流れに乗り、花が動き出す。
「お兄様。わたくしは、”アポトーシス計画”を賛助いたします」
 青年へとむけられた、深い銀の瞳。強い意志が籠められた鈴のような声が、細く白い喉から発せられた。


 水の豊かな星だった。小さな星間移民団が見つけた、奇跡の星。すぐに成分が調べられ、わずかに手を加えるだけで飲用可能となることが判明した。
 絶えず水不足に苦しんでいた移民団は、手を取り合って喜びにむせび泣いた。涙さえ溢すのは惜しいと揶揄されたほどの苦境から、ようやく解放されるのだ。
 新たな星の発見は、すぐに宇宙全体へと広められた。同様に水不足に悩む近隣の星々から、祝福や友好宣言と共に水の注文が入る。移民団は早速星へ降り立ち、水を調製する工場を立て、組織を立ち上げ、そうしてその星に定住した。年月を重ね、世代が交代していく中、移民団をまとめ上げ、星を発見した初代船長は次第に神格化され始めた。いつしか船長の直系は貴族となり、そして王となって、星を支配し始めた。
 王国となった水惑星は、他の星々と対等に渡り合った。水という強大な武器を手に入れた彼らに、恐れるものは何もなかった。
 だが、それも長くは続かなかった。
 巨大な海底火山の噴火。誰もが考えてもいなかった自然の抵抗。水の成分は一瞬にして変化し、老朽化した装置では対応ができなくなった。爆発し噴き上げられた水蒸気は氷雨となり、長く降り続き、わずかな農作物を海へと押し流した。
 助けを求める水惑星に、周辺は冷たい対応だった。法外な値段で水を売りつけ、食物や金属、ぜいたく品を輸入していた王国は、放っておけばやがて壊滅する。そこを押さえ、手にすれば、という魂胆が、援助を断る返答の裏にありありと透けて見えた。
 やがて死にゆく星は、それでも生き長らえようと必死だった。
小さな王都では毎日のように議会が紛糾し、それぞれが責任を押し付けあう。その責任は、やがて弱者へと押し付けられていく。
 そのような中で生まれたのが、「アポトーシス計画」だった。


「お父様は仰っております。星のために命を捨てる者こそ、真なる英雄だと」
 少女の手のひらが、腰を下ろす芝生を撫でる。手の行き届いた庭園は王族のためのもの。星民たちから隠されたひそやかな花園で、少女は淡く微笑む。
「けれど、あの計画は、――あれでは、まるで学級裁判だ」
 青年が整った顔をゆがめ、苦々しく吐き出す。そろえた指で水面を切り裂くように動かすと、波紋がじわりと広がっていった。
「学級裁判。学校では、そのような学習もなさるのですか」
 少女が笑みを浮かべたまま首をかしげると、柔らかな長髪がさらりと流れ落ちた。無垢な様子を眺め、青年は胸にせりあがる感情と言葉を飲み込んだ。
 現王の寵児として家庭教師に育てられた末の王女は、王宮の外を知らない。
 絶滅した水鳥の羽で作った羽毛布団で眠り、管理された庭園で花を手折り、「必要なこと」だけを学ぶ。川は海へと繋がること。雨は天から降ること。何も知らないまま、少女は水を言祝ぐ。小さな唇で歌い、細い手足で舞い踊り、王国の祖と母なる水を讃える。
「お兄様、わたくしは、お父様のお言葉は本当だと思うのです」
 無垢な心を外に出しては危ういと、紐を結ばれた風船のように、彼女は高い塀の中へと留められる。紐を掴まれた心は浮遊する。浮世を離れ、正常な空気の中で揺蕩いながら、風と戯れる。届きそうで届かないその笑顔に、兄王子は手を伸ばして掴み取り、抱きしめたくなる心を必死に抑え込んだ。


 アポトーシス計画。
 国のため、星のためと銘打ち、人々の中から喜んで命を捨てるものを募るという計画。実際は、裏で綿密なる国民の格付けが行われ、王国と政府が「認定」した者へ声をかけ、脅し、説き伏せ、そうして「自主的に」命を捨てるよう強制するものだった。
 星を脅かした犯罪者。年老いた者。未来に希望を持てぬ若者。ありとあらゆる人間が調べ上げられ、そうして少しずつ、星から命が消えていった。
 
 
 そうして、今日もまた一人、計画の対象者が発表される。
 パブリックビューイングで発表された名前の、その一行目に記された名前に、全星民が驚愕した。
 末の王女の名。計画の時点では存在するはずもない一行。
 国王と兄王子を筆頭に、王宮中がくまなく探し尽くされた。勉強机の下、柔らかな布団の下、庭園の隅々まで。
 兄王子が流れる花を目にしたのは、三度目の庭園捜索のときだった。妹姫と会話をしたあの日のことが甦る。
 泉へと走り寄った青年の目に映ったのは、水の中で微笑み揺蕩う白いドレス姿。リンドウの髪飾りをつけ、手には色鮮やかな花束を。古い戯曲に出てくる女性のように、美しささえも感じるその姿。
 ――お兄様、わたくしは――
 少女の声が、青年の耳奥で響く。
 ――アポトーシス計画を、"賛助"いたします。

[ 28/50 ]

[*prev] [next#]
[目次]

[小説TOP]
44




「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -