第93回フリーワンライ『不良ロボットは夜空を眺めるか』

第93回フリーワンライ『不良ロボットは夜空を眺めるか』


お題:全部
語らう夜に
瞳に夢を映して
恋は罪悪
世界一の○○(○○は自由)
静寂(しじま)


ジャンル:オリジナル SF ロボット






 「人間との恋は罪悪」、そうプログラムには刷り込まれ、作られた当初から音声受信部が擦り切れるほど言われ続けてきた。
 人間に「恋心」を抱いてはいけない。それは単なる忠誠心だ。
 人間から「恋心」を抱かれてはいけない。それは単なる愛着だ。
 それは当然のことだ、なぜプログラムに言われたことを何度も繰り返し教え込まれなければならないのか、という考えは、ある日廃棄場に積まれた前ロット――“先輩”の画像を見せられ、揺らぎが生じた。
 自分はそんな過ちは犯さない。俺は優秀なロボットだから。
 画一的にならないよう個性を持たせ、かつ万人から支持される美麗な顔立ち。しなやかで人の皮膚と同じ触り心地の表層部には、かすかなぬくもりを。そうして一番自慢すべき点、最高峰のプログラム処理能力を蓄えた人工知能。
 世界最高と評される企業で作られた、完璧なロボット。
 
 ならば同じAIを積んでいたはずの彼は、なぜ過ちを犯したのか?

 “同期”たちに共有されるエラーコード。前ロットの彼がいかに、奉公先の侯爵令嬢に異常な「忠誠心」を募らせていったか。
 エラーは分析し、解決し、次世代に生かしていかなければならない。


 ご主人様との顔合わせは、生産され、最新の情報を叩き込み、そうして迎えた3か月後のこと。
 お仕着せのモーニングを羽織り、人間の言いつけを遂行する忠実な執事として、人間のご主人様に仕える存在として、とある屋敷に引き取られた。
 周りの執事やメイドからは。ロボットの執事は初めてだともてはやされた。瞳にわずかに熱を込めたメイドたちに、周りを囲まれた日もあった。だが、適切に処理をすればわかることだ。人間のメイドたちは、この顔にまず惹かれること。恋愛感情ではなく、ただの好奇心と物珍しさ、強いてあげれば愛着の対象であること。冷静に丁寧に対応することで、一月もしないうちに波は引いていった。
 ……一人を除いては。
 緑色の瞳をくりくりと輝かせた、整った顔立ちのメイドだった。廊下で、厨房で、庭先で。会う度に、近寄っては話しかけてきた。その頃はすでに熱狂の波は去り、ご主人様からは信頼厚く、執事としての地位を確保し始めた時期だった。自分が地位を成せば、後続機――“後輩”たちへの良い例となる。逆に、処理を間違えば、あっという間に廃棄場行きだ。
 ここで失敗するわけにはいかない。

 わざと冷たい態度を取る。全く動じていないようだ。
 無視をする。目の前に回り込まれた。
 話に付き合う。数時間にわたり、庭先のベンチに拘束された。
 
 正解が見つからない。
 俺はこれほど、処理能力の低いロボットだったのか。

 夜の静寂に、庭先へと一人歩み出る。人間は眠れぬ夜、こうして感情とやらを落ち着かせるらしい。寝つけぬ夜を過ごす主人への適切な声掛けや対処法は知っていても、ロボット自身のプログラムを平穏にする方法は教わってこなかった。
 昼間とは違う、わずかな湿り気を帯びた風を、表層部のセンサーが感じ取る。そうして――ひとつの女声を、感知した。
 背後へと振り返ると、一人のメイド。少し不安げな表情を、赤外線センサーで認識する。
「あのね、貴方に会いたいなと思っていたら、窓の外に、貴方が見えて」
 わずかに上ずった声。
 ああ、また失敗した。


 あくる晩も、その次の晩も、彼女は庭先に顔を出した。自分のプログラムに異常が起きていることを察知する。彼女との出会いは避けなくてはいけない。なのにどうして、足は庭へと向かうのか。
 彼女と会うと、決まって庭先のベンチに誘導された。虫の声を聴きながら昼間起きたことを処理し、個人情報に当たる部分を匿名化し、同期やセンターへ送信する最中、彼女はぽつりぽつりと言葉をこぼした。
 その日屋敷で起きた出来事、見たもの、聞いたもの、それに対する自分の感情。家族、友人関係、自身の過去、そして「将来の夢」とやら。
「私ね、いつかこのお屋敷を出て、世界中を見て回ってみたいの」
 夜空を見上げる瞳に夢を映して、楽しそうな声で、彼女は話す。
「貴方も傍にいてくれたら、こんな幸せなことはないでしょうに。……駄目ね、私ったら」
 それは愛着だ。単語が脳内で処理され、そうして音声として発する、――ことが、どうしてか、できなかった。

 エラーだろうか。


 人間のメイドとロボットの執事。その認識に終わりが来たのは、あまりにも唐突だった。
 いつものようにベンチに腰を下ろす。今日も長らく語らう夜になる。昼間の情報を整理し、匿名化して送信するデータとは別に、「話題」として準備する。
 そう思っていたのだが。
 突然のことだった。横に腰かける彼女が、しなだれかかってきた。髪から香る柔らかな甘い香り、服越しに感じ取るぬくもり。思わず押しのけ、立ち上がる。
「どうして?」
 不安げな表情は、月明かりに照らされ、白く儚く輝く。
 私と貴女は、ならぬ関係です。
「どうして?」
 私はロボットです。貴女は人間です。
「――いいえ、違います」
 理解ができません。何が違いますでしょうか。
「私は、――貴方の仲間です」
 立ち上がると告げられる、製造コード。それは確かに、自分と同じ企業の――女性型ロボットを製造する工場の、ロット。
 そんなことはあり得ない。ロボットは自分だけだと。
「“執事型の”ロボットは貴方だけです」
 まさか。
 彼女は柔らかく、温かく、しなやかで、メイドたちと和気あいあいと語らい、踊るように箒をかけ、鼻歌を歌いながら庭を整え、人間のように単純なミスをして、その度に茶目っ気のある照れた笑顔を見せて。
 あれが人間でないのなら。
「優秀なプログラムでしょう?貴方と同じAIです。貴方よりもほんの少し、コミュニティ特化型ですが」
 人間でないのなら。
「人間とロボットの恋は不可能です。でも、ロボットとロボットの恋は、規定されていないでしょう?」
 微笑む様は、柔らかくて。
「私たち、きっと世界一の不良ロボットね」

 このコードを、どう処理すればよいのだろう。
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